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ノックぐらいはしてほしいのに

年頃なんだから。

 実際、割と本気に現実に近しく魔女は錯覚を抱いていたにすぎず。


「あーえー、すまないなメイよ、この愚昧(ぐまい)なコンチキショウの失態については、後で俺がしっかり言い聞かせておくので……。とりあえず今は、大人しく粛々と静粛についてきてくれないか?」


 彼なりに優しく丁寧な言い回しを意識しているつもりで、そうであったとしても強制についての意識が言葉の端々に満たされている。


「すみませんね、でも許してくれませんか? 魔法使いってのはまあ彼の、貴女のお兄さんが言っていた通りに、結局のところ手品のような錯覚を手法として、日々のご飯を稼ぐものでして。だから、その……」


 追及を向けられる緊張感のままに、キンシはその手に鍵を握りしめたままで眼球をぐるりぐるりと荒ぶらせる。


 どの道子の限りなく闇に近い暗がりの中ではほとんど関係がないにしても、それでも自らの視力を補助する道具を身に着けていないことが、今の魔法使いに何かしらの欠陥と不安を呼び覚ましている。


「キンシちゃん、落ちついて。その辺のことについては、私たちのほうにも落ち度があるから」


 相変わらず状況に理解は追いついていないにしても、しかし自分とは別の生き物が動揺を引き起こしていると、やはりどのような場面で合っても妙な冷静さを抱いてしまうのは、もはや世の理なのだろうか。


「とにかく、だ」


 不明と未明であやふやになっている空気を引き裂かんと、オーギが自らの体をグルリと動かし。


「ほい!」


 バツン! と一発キンシの若干丸まり気味だった背中をはたく。


「痛い? 何を!」


 後輩がいきなりの暴挙にそれまでの戸惑いを一瞬全て忘却して、きっと睨んでくるのをオーギは軽くあしらい。


「ほれ、過去の失態はこれからの、未来の行動でうまいこと挽回しやがれ。ほら、もういい加減にいいだろ? これ以上進んだら、いよいよもとの道も見えなくなるが。それでいいのか」


 話の展開を本来の目的、相手が望んだはずの方向へと戻そうとする。


「へ、あ。あああ、そうですね。そろそろもう、いい頃合いですよね、うん」


 若干誘導される形とはいえ、そうであっても大体の同意を抱いているキンシ。


「では、この辺りにしましょうか」


 そして手の中にある大きい鍵を、そこに灯されている青い光を自分たちの前方、それまで黙々と進み続けていた進行方向へと差し向ける。


 冷たさを感じさせる光にうっすらと照らされる、メイはその先には今までと同様の黒色が、それだけが広がっているものだと思い込んでいた。

 

 だが、現実は彼女の予想を簡単に裏切る。


 コツン、と青く光る鉱物は暗闇に、実体のないはずの空間に。


 いや、何もない訳ではない。

 そんな訳が、あり得るのかと、メイはしばらくの間忘れかけていた衝動に体の芯を熱くさせる。


「とびら」


 そこには、自分たちの目の前には扉があった。


 丸い、排水管の内壁をみっちり内側と外側、自分たちがいる所からいない場所を隔て、向こう側をほぼ完ぺきに密閉している。


 今までに、地上で家族と平均的に平凡な生活と思わしき日々を過ごしてきて、このような形状の扉を見たことも聞いたこともないメイは、それがどのような物体なのか判断をつけられるはずもなく。


 ただ何となく、生まれるずっと昔に鉄道を賭けていた蒸気機関車、その先頭部分を思わせる扉の色合いに、何故だか無性に心が沸き立つのをムクムクと感じている。


 それはただ単に未知なる物体に対して、例えばこの灰笛に初めて降り立った時のような、そういった単純なる好奇心に由来しているもの。


 ただそれだけ? 果たしてそうなのかしら。メイはどうにも自分の心に納得を抱けないでいる。


 この胸の高鳴りはたしか好奇心、たしかにそういった名称に類する衝動であると、彼女はようやく一つの確信を作りだしている。


「えーと、穴はどこだ? 挿入するための穴が見えない……、しまった、ゴーグルも何も着けていないから、何も見えない明日も見えない……」


 大きめサイズのままな鍵を握りしめ、手の中で持ち方を少しだけ変えている。


 ここへ来て視力に頼らなくてはならない、そのような場面になる事を予期できなかった反動に頭を悩ませている。


「ほら、ここだよ、ここ」


 迷える先端を手で直接動かして誘導させる。


 導かれた先に何か硬い物が、ことり、とぶつかり合う音が鳴り響く。


「ああ、ありましたありました。お導き、ありがとうございますオーギ先輩」


 そしてそのままかちかちと硬質な挿入音が暗闇に反響する。


 メイが目を凝らして見ると、そこには鍵穴が。どういう訳かちょうど今キンシが携えている鍵の大きさとジャストフィットするほどの幅のある穴が、黒々と艶めく鉄の塊にぽっかりと開けられているのが見える。

 

 それまで一応たった一つの頼りであった光源に直接当てられていないために、健全で健康で健常なる眼球でもなかなか見つけるのは困難を極めそうな。


 そんな空洞にキンシの道具が埋め込まれ、内部で一つ、大きめサイズのままで回転が内部に影響を及ぼす。


 おうとつと凹凸(でこぼこ)が反発をささやかに、だが虚しく互いの結合を強制的に余儀なくされる。


 開錠、音が鳴り響く。暗闇の中に春先の野良猫のような呻きが固く伸びる。


 固定から解放を命令された扉が低い音色を奏でてて開かれる、それはもしかしたら、それこそ魔法っぽく扉ごと何かしらのメタモルフォーゼでも起こすのかと思っていたが。


「さあ、開きましたよ」


 キンシは至って普通そうに、何の感慨も無く黒い扉に手を添えて、前に押し込む形で黒い扉を圧迫する。


 その手の動きに合わせて黒色は扉の、とにかく普遍的で何の面白味もない、小さな住居の玄関先に設計されていそうな。


 そういった感じの形状で開かれる。


「そんな感じにひらくのね」


 ちょうどキンシの身長ギリギリぴったし程度の高さ、横幅は少々ふくよかな人でもそれなりに余裕が持てる。


「さあさあ、まずは先輩からお先にどうぞ」


 彼の身長では軽く身を屈めないといけない、その扉に向かうを事をキンシは先輩魔法使いに勧める。


「預かっていた備品は、以前来ていただいた時と殆ど同様ですので、そのまま再利用できますよ」


「そうか」


 魔女のあずかり知らぬ過去のやり取りを軽やかに、先輩は後輩に若干不安げな視線を送った後、しかし今は別段指摘することもなしと、誘われるままに扉の奥に入っていく。


「よいしょ」


 先輩魔法使いが部屋の中に入っていくのを横目に、キンシは挿入したままだった鍵を穴から引き抜き。


 抜かれた金属の棒はしゅるりと元の大きさ、手のひらに収まる程度の大きさへと戻される。


 そうするとそれまで視界の頼りとなっていた光源が失われ、周囲にはいよいよ本当の暗黒に包まれる。


 なんて事にはならず、その代わりに彼らの周囲は別の明度が、今しがた開かれたばかりの扉の奥から差し込む、白く輝く太陽のようで、あるいは蛍光灯のような無機質ささえ感じさせる光度に照らされている。


「昨日話すべきだったのです。しかしそれはもう、後悔にすぎない」


 扉の向こうに広がる白い、今の今まで暗がりをずっと歩いていたため、すっかり目が本来あるべき世界の在り方を忘却してしまっている。


 目を細めて扉の向こうを、そうしている魔女に魔法使いがぽつぽつと語りかけてくる。


「起きてしまったことを色々と悔やんでも、それは無意味で甘えでしかない。僕たちは歩いていくことしか出来ないのですから」


 言い訳でもしたかったのか、唇がいつも通りに戯言を並べ立てようとしていると。


「先生」


 トゥーイがそれを阻止する。


恥ずかしい所ばかり。

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