迷わず進め
道に迷う。
殺意がなかったとか、そこまで真剣なことは考えていたわけではない、彼女はそこまで他人に対して真面目になれない。
それにしても、それにしたって。
ああどうか、ああどうか。
出来る事なら自分の関係のない所で悶え苦しみ、首を絞められ、皮膚という皮膚が全部裏返って、血管が剥き出しになってそのままずっと、私の関係のない所で苦しみつづければいいのに。
思考は止めどもなく彼女たちの内側に轟き、滞り、留められようとしている。
「すると突然颯爽と参上登場してきた謎の女性、少なくともそういう形状をとっている二人組の人間に貴方がた、メイさんと仮面君兄妹は襲われ、蹂躙、弄ばれ。メイさんは果敢にも挑みかかりましたが、それは仮面君を守るという己の使命に則した行動で、それは否定された事ですが。そしてもののついでにミッタさんも連れ去られてしまったと」
魔法使いたちと魔法剣士一人、魔女一人は四人そろってそろりそろりと、排水管の中を連れ立って歩いていた。
ゆっくりと歩く、足音が暗く湿った壁に反響音を繰り返す。
部屋から出ましょう、これから何が起ころうとも、まずは調べたいことがある。
といった感じの主張にて、キンシは彼らに要求をした。それに基づいた行動を、発案者であるキンシはそれでも魔女であるメイの体が不安で、いつ倒れやしないかと心の内を氷のようにひやひやとさせている。
その視線をしっかりと感じ取りながら、メイはそれとは関係なしに自分の体に張り巡らされている意識が、どこか異常さを感じさせるまでに、段々と爽やかなほどにくっきりとしてきているのを独り違和感に思っていた。
痛みと疲れは相も変わらずズクズクと体の芯を揺るがしている。
表面的な思考ではいますぐ暖かい部屋に戻って、柔らかな寝所に体を横たえ、安息の眠りに深く深く沈みたい。
そう思っている、思ってはいるのだが。
しかし本音よりももっと深い所で、それは嫌だと、まぎれもなく自分自身の声が高らかに、と言うよりは幼子が欲しいものをねだるかのような強情を。
自身でも上手く掴みきることのできない感覚をひしひしと、確実に累積させている。
この感覚は何なのだろう、兄が隣にいるわけでもないのに私は何を、これ以上何を望んで期待しようとしているのか。
この胸の高鳴りは、私はこれから。
「もうそろそろいいんじゃないのか」
メイの戸惑いを払い除けて、彼女の前方を行く先輩魔法使い、オーギが声を発した。
「もうだいぶ深い所まで来ただろう、あんまり進むと戻れなくなるんじゃないのか」
前方を迷いなく歩く魔法使い二人、しかしその歩調は大きく異なり、背の高い方は爪先に怯えに似た震えをまとわせている。
深い、その単語は横、あるいは縦か、とにかく一本道が続く排水管の行く先を示しているものなのだろうかと、メイは口を閉ざしたままで予想する。
そう言えば、と首を動かさないままに視線を向ければそこには壁しかない。
魔力鉱物灯のほのかな……。
「あれ」
と、メイは今更ながらに気付く。
「明かりが、ちょっと少なくなってきているような……」
玄関、と言う名で扱われている排水管の終わり辺りには一メートルほどの感覚で設置されていたそれ。
記憶を掘り返すこともなく、キンシがおもむろに排水管の奥へと進むことを提案して、彼らにつれられるままに歩き出した。
そう時間は立っていないはず、だがいつの間にか明かりの数はあからさまに少なくなってきている。
一と二、三、間隔は範囲を広げる。
気付いた頃にはほとんど暗闇になっている、それでも歩く方向を見失わないのは。
「いえ、念には念を押してもう少し深い所まで進んでおきましょう。何か、何となく嫌な予感が、したりしなかったりするので」
キンシの手に握られている金属製の鍵、今は小型の物干し竿ほどに引き延ばされている。
円形に湾曲している金属の、中心を貫くダイヤ型の鉱物が放つ青い光。
冷たさを錯覚する色合いの明滅だけを頼りに、魔法使いたちはどんどん暗がりに向かって歩き続けている。
一歩、歩くごとに外の気配は遠く離れ、黒色が周囲を包み込む。
「ねえキンシちゃん」
もしかしたらこのまま自分たちはこのくらい排水管の中に閉じ込められて、永遠に迷い歩き続けるのではないかと。
一滴垂らした不安はウイルスのようなスピードで侵略し、眩暈起こしかけたメイの体をトゥーイが片手でそっと支える。
「あの、どこに行こうとしているの? この道はどこまで、外に繋がっているのかしら?」
最初はてっきりシグレの、サンショウウオの様な男性のもとに何か助力を求めるかと思い込んでいた。
しかし進めば進むほどに事実は予想に反していると、しっかりとした確信を得かけている。
「先生」
黒色に酔い、眩暈を引き起こしている魔女の体を支えるトゥーイが、前方の魔法使いに発音をする。
「耐久力は氷のように脆く耄碌と捻りの殺意を向けられる吐き気は誘発してしまうのでしょう」
暗がりと言う人間にとってはそれ自体が異常でしかない。
そんな環境下においてもトゥーイの文法は奇怪さを失おうとせずに、いたって通常運転をしている。
メイは特に理由もなく息を潜めて、自分の体を支えてくれている青年の方をまた見上げて。
しかしどのみちこの位置からだと彼の表情はまともに見えず、また見えたとしてもきっとそこにあるのはいつも通りの無色透明でしかない。
すっかり慣れきったはずの無関心が、この暗黒空間だとどうしても強さをもって身に深くさし込んでくる。
そんな気がする。
「もしかしてこの先には、けが人を押しこめられそうな地下シェルターがあるの、かしら」
環境と引けを取らぬ鬱々とした暗さの中で、メイは疲労感に誘われるままに自嘲気味の予想を口にしてみる。
「…………………」
誰のものとも判別のつかない沈黙、しかし先程とは明らかに空気の質感が変化した。
「んん?」
最初の方こそついに自分の期待通りの場所に到着しただとか、そんな自分本位のかん違いこそできたものの。
すぐにその認識は現実に則していないと判別させられる。
「あれ、どうしたのみんな? じっと私のほうを見つめて」
前方の若き魔法使い二人はもちろんのこと、隣にいるトゥーイですら彼女の方に視線を定めている。
皆一様に同じ方向を、しかしそこに込められている思惑はそれぞれに個性がありすぎている。
「キンシよ、キンシ坊よ」
オーギが青く頼りないともしびの中でも発揮と確認できるほどに、後輩に対してしんねりと目を細めている。
「初対面の人間に色々と優しくするってのも、今のご時世色々とあれだが。しかし、自己紹介もまともにできねー奴はそれ以上の論外だと思うぜ」
言葉はしくしくと責め立てるように、しかし語調は頭上からつま先まで穏やかさに満ち溢れている。
「いやあ、その、えっと」
予想外、そこまで意外性に満ち溢れてはいなくとも。
予測できた方向からの攻撃に、まさか今更やられるなどと一切予見できず、ただただ狼狽えるばかりのキンシ。
「えー……、え、え、えへへ、へへへ……。あの、その、ほら、あれ、それですよ、その、僕ってシャイなあんちきしょうで、灰笛で他の追随を許さん程の照れ屋さんですから。だから、えっと……、あはは」
「笑い事じゃねえよ、何笑ってんだよ、笑っている場合かよ」
やれやれ、台詞をつけるとすればそんな感じのポーズを作る。
魔法使い達とのやり取りは形質こそ穏やかさを装っている。
だが青く染められている顔面、しわの間に埋もれる眼球には活力も光もともっていないようで。
それは単なる明度のかん違いでしかない、とメイは自分に言い聞かせようとする。
迷走中。




