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終わりの予感に怯える

海でした。

「これ以上の拘束力を望むのならば、彼の腹部に内蔵されている内臓をレモン果汁のように搾りだすことになるけれど。それでもかまわないなら、私に一切の責任を負わせないと保証の上で、ぜひとも……」


 どちらかといえば乗り気ともとれる、モアはハリの指示に従って懐から道具を出そうとして。


「モア殿」


 別の声が、二人の内のどちらでもない人間の声がそれを制止する。


「君の拘束術と、それに付属する攻撃意識をここで披露するのはとても楽しみだが。しかし、今はそれが必要だと、本当に思うのかい?」


 優しく柔和に、緩衝材のように包み込む言葉の連なり。

 しかし突き詰めれば「黙れ、余計な事をするな」で済まされる。


 男と少女はその命令文に無言による承諾をして、大人しく自分にまかされた役割を演じ切ろうとする。


「はいはい、了解しましたよ。さあ、モアお嬢様、今から我々のお仕事を、天より与えられし特技に基づいた、使命感とも言えぬお仕事をぜひとも喜んで、精一杯張り切って、頑張っていきましょうか」


「ええ、そうね、分かっているわハリ」


 少女がこちらに近付いてきている、霞む目の中で彼女が身にまとっている衣服のおよそ実用的とは言い難い、言ってしまえば過剰ともとれる服飾がぼんやりと映り込む。


「さて、と。あー……殿下? 王子様、この際呼び名など関係ないと思われるけれど。それよりも、どうかしら? お腹は苦しくないかしら、どこか痛むところは」


 モアが確認をしてくる、それは自らの魔法について。


 たった今現在進行形でルーフの体を縛り付けている、最初の時と異なるとすればそれが何かしら、椅子と思わしき個体を支柱としている事。


 つまりいよいよ本当に、割とかなりなまでに深刻に、ルーフは自らの外見が映画の中に登場する監禁被害者じみていると。

 他人行儀に驚きかけて、すぐにそんな感情は無意味だと思い知らされる。


「………、顔が痒いから、もう少し束縛を緩めてくれないか」


 目が開けられない代わりとそんな単純な事で済むとは思えないが、それでもどこか嫌味ったらしいまでに明確さを得ている意識が、温度のある余裕感の中でルーフの言語中枢をビクビクと刺激する。


「そう、そうなのね」


 濁る涙を瞬きの連続によって振り落とそうとする、断続する世界でモアは腕組みのようなポーズを作る。


「残念ながら痒み程度の異常で拘束を緩和するわけにはいかないの。ちょっと辛いかもしれないけれど、もう少しだけ耐えてちょうだい」


 低い靴音がトコトコと響く、散らばった鉄箱は片付けられたのだろうか。見る分、見える範囲内において自分の周囲の床には何も転がってはいないように見える。


「さあ、目を逸らさないで。ワタシのほうをじっと、穴を開けて抉る勢いで見つめてみて」


 己の体だけでなんとか自浄作用を繰り返す、ようやくハッキリとしてきたそこには二揃いの青色が見える。


「気分はどうかしら?」


 腕組みに見えたそれは認識とは若干異なる、モアは右手だけを顎に添えている。


 そのままの姿勢でじっとルーフのことを観察している、情報を多く取り入れようと質問を重ねようとする。


「最悪だよ、吐き気がする」


 割と本気で嘔吐感が体を支配していたのだが、しかしこんな所でそんな粗相をする元気もなく、ルーフは短く悪態でも吐くかのように、凡庸とした報告だけしか出来ない。


「なるほど、なるほど」


 モアは興味深そうに数回頷くと、引き続き質疑応答を続行する。


「肉体面、精神面についてのケアは今のところ承ることが出来ないので、今はとにかく耐えてください、としか。さて、ご気分が悪い所、そのことに関しては申し訳ないけれども。それを踏まえたうえで、こちらの疑問に答えてほしいのよ」


 スッと彼女の顔が近付いてくる、白い肌が眩しく彼の視覚に存在を強調してくる。


「錬金術師ヤドリについて、彼が何をしようとしていたのか。その事について知っていることを、洗いざらい余すことなく、出来得る限り全て詳細に教えてくれませんか」


 一足す一の答えを小学校一年生に問いかけるかのような、そのぐらいの気軽さを顔面に湛えて少女は彼に質問する。


「ねえねえ、教えてくださいよ」


「…………。………教えることなんて、何も無い」


 だいぶ相手は手加減をしていて、自分に対して丁寧な対応を行っている。

 そういった意図は十分に読み取れるとしても、しかしルーフは己の語調から棘を失わぬよう努めていた。


「こんな、他人をいきなり掻っ攫って、それどころか公衆の面前でとんでもなくこっぱずかしい醜態を晒しておいて。これ以上何を曝け出せばいいんだ? むしろ俺が教えてほしいぜ、後はもう内臓でも捻り出さなきゃ、やってらんねえよ」


 半分は強がりでもう半分は単なる本音、モアは彼の素っ気なさに対して特に感想を述べるでもなく、相変わらず思考を勘ぐることのできない表情のままに、手前勝手な語りを開始する。


「殿下、貴方が知っているとか知らないだとか、そのような個人的認識は関係ないと、なんど言ったら……。って、あー……別にそんなに何度も言ってない気が? 言いましたっけ、どうでしたっけ?」


 かなり本気に知らないことを問いかけられ、ルーフはごく当たり前の当惑で口元を歪ませる。


金師(かなし)帝国を知っていますか、その感じは知らなさそうで知っているといった感じですね」


 彼が何か反応を表に出す、そんな事は不必要であるとモアは勢い込んで何か、ルーフにとってあずかり知らぬ事柄を声に発し始める。


「かつて存在していた、現代社会にはそれを確認されていない国家。そこにあったとある研究所、お国おかかえの国家錬金術師、カハヅ・ヤドリ氏。貴方は」


 言葉を区切る、一つ呼吸をしている瞳は少し震えていた。


「彼を殺害した、それについては間違いはないですね。なにか、情報に誤りはありますか?」


 開きかけていたそれを閉じる、沈黙は逆に肯定を強めてしまうことに気付かぬルーフは、今許されている限りの範囲で精いっぱい目を逸らすばかり。


「だんまりだなあ、残念ながらここにおいて黙秘権は通用しませんよ、王子様」


 ハリが楽しそうに横槍を入れてくる。


「えーと? カハヅ氏? 彼の体にはどうやら電子媒体が埋め込まれていた? そうですよねお嬢様」


「そうね、肉に直接埋め込む、体を解剖しない限りは取り出すことのできないそれが確認されていたわ」


「ふうー、悪趣味★」


 場違いなやり取りの後ハリの吐息が、腐敗した魚の雰囲気をまとった空気がルーフの鼻腔を刺激する。


「という訳ですから、彼の反応はこちら側に伝わっているという事らしいですし。その辺はまあ、詳しく話そうとすると長くなりまして、えっと……」


 男が場違いに明るい語調で何かしら、ルーフの知らない祖父についての秘密を明かそうとした。


「ナナセ」


 しかし彼の言葉は男性の、低く響く声音によって遮られる。


「それは今話すべき事かな? もっと別の、大切なことを言うべきだと、わたしは思うんだけどな」


 それはハリのそれとほとんど同じく、あるいはそれ以上のレベルで場面に則していない。


 相応しくないまでに穏やかすぎる語調であった。


 しかし、そうであるはずなのに、何故か違和感のないものになっている。


「時間がないのに、君たちは本当に、いつも楽しそうだ。見ているとわたしも、年甲斐もなくワクワクしてくるよ」


 足音がまた近づいてくる、鈍く響き渡るのは柔らかい靴底を予感させる。


「だけどそれも無意味だと思わないかい? ああ、無意味だとも。言葉など、その場しのぎの仮設定でしかない」


 においのない気配は少年の隣に、しかし隠しきれない肉の気配がそっと彼のほうに伸ばされてくる。

頭痛い。

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