王様は正しい、魔法使いは誤った
誰も変われない。
少年か男性か、そのどちらかが反応を示そうとする。
それよりも早くに。
「ナナセ」
モアが眉をひそめて、形質上はそう見える表情を作って黒髪の男に注意をする。
「何をしているの、そんなとこに立っていたらお二人の邪魔でしょう」
ある程度の清潔さを発揮できるまでに洗濯されている白シャツの、とりたてて文字に記すべき趣向が施されている訳でもない袖を摘まみ、どこか幼さを感じさせる動作で男をその場から移動させようとする少女。
「いや、いいんだよ」
彼女の意向を男性は短い言葉で制止する、囁き声のような残響の後に尻尾が一振り震える音をルーフは聞いていた。
「ナナセ君、とても素晴らしい意見をありがとう。もし君の都合が良ければ、もう一度彼についての情報をここで後悔する、ってのはどうだい? ほら、この場にいる人たちには、まだまだ事情を知らない方も、いるかもしれないだろ?」
何をしようとしているのか、ルーフの理解が追い付くよりも先に黒髪の男は返事を口に走らせる。
「いえいえ、いえ。そのお役目はぜひとも、とも言えないくらいにご遠慮させていただきますよ。あなたのご期待に応えられないのはとてもとても心苦しい所がありますけれども、しかし己の記憶力を今この瞬間に劇的かつ激烈に、まさしく少年漫画の主人公も平伏せんが覚醒を起こそうなどと。平凡平坦平常なるボクにはとても、とてもじゃないができませんので」
つまりのところ断りを意味する言葉。
本名はハリと言う男がそう言い終わるより以前に、ずっと無言の内に控えているはずの集団の中から再びざわめきが。
それは単なる呼吸音などではなく、どんなに楽観的な思考を有していたとしても、とてもじゃないが肯定的な感想を抱くことは困難を極める。
「そうか、それは残念だ。残念だが、仕方がないな」
とても個体程度では抗い切れない、そんな予感すらも抗うかのように、男性は至ってマイペースな語り口にて独自に、あくまでも勝手に展開を進める。
「そうだとしたら、まあ、さっさと用事を済まそうか。時間を無駄にすることは出来ないからね、ほら、昔の人も言っていただろう。えっと、善は何とかって」
まるで限られた集合体を、例えばもうこれ以上展開の進展も望めない親戚同志の集まりを解きはなつかのような。
そのぐらいの気軽さで笑っている。
男性はその笑顔のままに、もう一度眼球の藍色をルーフの方に向けて。
「君の罪は、他の誰でもなくわたしが許すのだから。ああ、そうだとも………。誰に渡すものか、君の罪は許されるべきなのだから………」
世間話でもするかのように、彼は少年に向けて話しかける。
「それにしても驚いたよ、道丘地方の町からここまでやってくるのに、それもたった一人で。いつの間にかそんなに大人になっていたんだね、子供の成長は三日単位で進むとは聞いてはいたが、しかしここまでとは。本当に、驚くばかりだ」
違う、ルーフはもう一度そう叫ぼうとしていた。
だけどそうすることは出来なかった。
口を塞がれていたわけではない、そんな事はされなかった。
ただただ、男性は子守唄のような穏やかさの延長戦の上で、男性にしか出せない音程の言葉を口に。
「わたしは君の事をずっと信じていた、だからこそこれから君はもっと頑張らなくてはならない。君にはそれが出来る、この世界に生まれ落ちた瞬間から、君はずっと特別な子供だったんだ」
いつの間にか生臭さは消えて、手の中の赤色はあれだけの範囲が信じられない程に、跡形もなく消滅している。
それでもルーフがその現実を受け止めることが出来なくて、なおも自らの皮膚を掻き毟ろうとする。
その動作を男性は自身の体で、それをルーフと強く密着させる形で制止する。
「そんな事をしてはいけないよ、君の体を無意味に傷つけるなんて、そんなこと許される訳がない」
抱きしめられている。
大人に、それ以前に他人とこれだけ体を密着させる行為をするのは初めて………。
………違うな、その計算は間違っている。
「間違っている」
だいぶ疲れた、こま切れにポツポツとした音しか発せられない。
「そんなことはない」
彼の言葉を男性は優しい声で否定する。
「君は一つも間違っていない、すべては正しく昨日に返される」
見た感じは細身で弱々しそうに見える、しかしこうして自分の体を軽々と支えているところ、以外にもこの男性は頑強なる肉体を持ちあわせているのか。
「この世界は全て君を幸せに、楽しく満たすために存在しているんだ。君が何かを苦しみ、悩む必要なんてないんだ」
優しい言葉、温かな笑顔、慈しみ、何の概念も必要としない静かな音の連続。
「どうして俺は出来なかったんだろう」
何故自分はこれらすべてをあの人に、妹に、メイに与えることが出来なかったのか。
そうすれば、少しでも大人らしい強ささえ、それさえあれば彼女を幸せに出来たはずなのに。
「俺は失敗した」
せいぜい口にすることしか、後悔が腹の内に増幅して内壁を蝕もうとしている。
「爺さんは、俺を育てるのを失敗した」
そうだった、これさえ認めれいれば、答えはこんなにも簡単だったのに、どうして俺は気付くことが。
気付いていれば、気付いて、それを言葉にしていれば。
そうしたら、何か変わったのだろうか。
「君は悪くないよ」
男性がもう一度言う、触れる手は冷たく、どうしようもないほどに異物感しかない。
そのはずなのに、どうしてこんなにも心地良いのか。
「君は何も悪くない、君は許されるべきだ」
瞼が自然と落ちてくる、後に残されているのは穏やかな暗闇。
「ルーフ様」
名前を呼ばれた、だけど返事をする気力もない。
「ああ、わかっている」
これは誰の声だ? 自分のものではないことは確かだった。
だけどさっきのは、聞き間違いなどではない、自分の名前のはず。
「いこう、ここは冷える」
俺の名前はずなのに、どうして?
その理由を考えることも、後悔も懺悔もすべて飲み込んで、彼はそのまま深い眠りに落ちていった。
「彼らはときとして人間の意識さえもこえる、……そうですね、支配、とでもいうのでしょうか。そう形容することもできる、それほどの作用をもたらす技をもっているのです」
飛び飛びになる言葉の流れ、その中でやっと正体を掴めてきた。
キンシは脳内にて渦巻く不可解の波にようやく振り落されてきた、救いすら感じさせる展開に心なしか期待に近いものを抱いてしまう。
「それで、そんな感じの跳んでもな奴らの作品が、あんたら兄妹だと? そう言いたいのか」
ぶっきらぼうな口調はきっと疲労感によるものだろうか、そうでなくとも目の前にいる女性の存在に対して平然さを装って質問できてしまう。
オーギは自分自身に軽く拒絶感を抱きかけていた。
「そうね、ひろい意味でとらえるとすれば、そう言うことになるのかも、しれないわね」
他人の違和感など知る由もなく、知っていたところで自分に何の関係性があると。
そう言わんばかりの、はっきりとした口調でメイは語りを続ける。
「斑入り、そうよばれている人間がこの世界に存在をみとめられたのは、もうずっと昔のこと。私たちが生まれるよりずっと前のこと」
いきなり歴史問題みたいなことを言いだす、キンシは彼女が何を言いたいのか、それを全く予想できないでいた。
「キンシちゃん、質問してもいいかしら」
だからこそ、言葉の矛先が自分に向けられるものだと思ってもみなかった。
「へ? は、はい」
キンシは捉えきれない戸惑いの中で、反射的に単純な返事だけをしていた。
そんな魔法使いの様子を見て、メイは笑いながら文章を口に走らせる。
「私、そして私以外の、斑入り、と呼ばれる人種はもともととある魔導師がおこなった事象研究によって生み出されたのがルーツとされいる。この情報に誤りはないわよね?」
問われたキンシは何の躊躇いもなく、この世界の事実について無言で同意をする。
「かつての人工物、結果こそ進化の一つとして組みこまれた。さて、今日の魔力社会において、生物のことわりに直接変化をあたえる技術は認められているか、認められていないか。はたしてどっちでしょう」
「そんなの」
いきなりで理解が追いついていない、しかし追いつかせる必要もなく、そんなのは当たり前のルールでしかない。
「あんま詳しいことはよく知りませんし、分かりませんが。でも、そういうのってなんとなく駄目で、禁止されている事、ですよね」
ゴーグルが無いとまともに視界を獲得することが出来ないのか、瞳は方向こそ定められてはいるものの、そこには安心感が足りていない。
「答えてくれてありがとう」
メイは中身を込めようと必死になって、しかしどうしても空虚になる自分の言葉に嫌気が差す。
「でも貴方が望む答えは、残念だけど不正解よ」
「暗黒面ようかん」お客様の声
最初はその……なんとも言えぬ鬱々とした見た目が拒否感を湧き立たせて。
とてもじゃないが食べられそうにありませんでした。
しかしいかなる拒絶も食欲の前には羽毛一片ほどの力しかなく、勇気を振り絞って一切れ奥地へポイッ。
すると何と言う事でしょう! 瞬間、優しげであたたかな、どことなく懐かしい甘みが下の上を中心に口の中全体へと広がっていく。
完全に予想を裏切られました、こんなのを作れるのは天才しかいません。
見た目こそ中々に抵抗感がありますが(ごめんなさい(^_^;))
でも味は抜群! おすすめの一品です♥
4/17 涙雨の日 更新はされていません




