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人間図鑑2001ページ目

ミスりました。

「ナナセ、じゃなくて、あー……ハリ? そんなに彼をいじめちゃダメよ」


 見つめ合う彼と彼、その光景を見かねたモアが散乱する鉄箱に少々苦心しながら。


「あーあ……、後で怒られるなこれ。あんまりトラブルを起こしたくないってのに、まいっちゃうわ」


 と聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で文句をこぼした後、再びハリと並ぶ形としてルーフを見下してくる。


「さて、散々長々と情報交換の場をセッティングしてみたけれども。後だしみたいでちょっと格好がつかないけれども、貴方の置かれている状況に関してワタシ達はおおよその事を把握しているのよ。悪いわね」


「あ、………え?」


 話についていけない。

 この際監禁されていることに関しては大目に見るとして、しかし何ゆえ自分は数センチ程蹴り飛ばされた後に、一方的な暴露をされてしまっているのだろうか。


 それが一体何の関係があるのか、はたしてその事実と妹の身におきたことに何か関連性があるのか。


 全くもって意味が解らない。


「意味が解らない、といった感じですね」


 内容こそ大きく異なれども、しかし方向性が偶然にも一致した少年と少女。


「それは、まあ、あー……身内というか仲間内というべきか、とにかく身辺にちょうどいい情報源があって。というかそれ以前に、前々から貴方についてのリークは届けられていたっていうか、何と言うか」


 聞かれてもいないことを勝手に話しそうになり、彼女は口元を物理的に抑えて思いとどまる。


「まあ、とにかく、つまりに要約するところ貴方は割と前からいろんな人の注目に晒されていた、と。その事をまず自覚しておいてほしいのよ」


 話を一方的かつ強引に変更させたモアは、もう一歩だけ少年の方に近付いてさっさと用件を口にしていく。


「貴方と、貴方の愛すべき家族が起こした事象の数々。それはもう貴方の身内以外の人間に、包み隠さずありのまま、とまでは行かなくとも。それでもそれに近しい状況に陥っていることを、貴方はまず自覚しなくてはならない」


 何を言っているのだ、なんて言い訳もできず、しっかりと彼女の言葉はルーフの内部にどこか奇妙さを覚えるほどにしっくりと、組み込まれていった。


 その上で聞かなければならないことは多々あれども、しかし彼の身にそれ以上の事実が通り抜けようとする。


「は、はあ、は………」


 唇から洩れているのは自分の呼吸、音、それは間違いない。

 だが透明であるはずのそれには段々と、彼の意識から反する量の音色が伴い始める。


「あははは、あははははは、あははっはははっははっはははははは」


 よもや自信満々、とまではいかないとして。

 はて? はたしてそうだろうか。


 勇気を出して妹と共に遠くまで来た、生まれて初めて遠出をして、そうすることで少しでも罪から逃れようとしていたのだが。


 しかし全ては無意味だったのだ、全ては昨日に返されるほどに、砂糖もバターの味もしない無味無臭。


「………。はあ」


 喉が痛かったはず、散々叫んだ後で慣れない運動にだいぶ無理をしていたはずなのだが。


 しかしその気になれば痛覚など簡単に、九九を最初から最後まで暗記するよりも簡単に消去してしまえるものだと、ルーフはその時生まれて初めて気付くことが出来た。


「なんつーか、超ウケる」


 風邪をひいたわけでもないのに、それとよく似た甘い痺れが体の芯に巣食っている。


 そんな少年の様子を一しきり観察して、それについては特に感想をこぼすこともなく、モアは引き続き持論を展開し続ける。


「まあ、そんな事は。もうすでに起きてしまった事についてとやかく言うなんて、ワタシはしませんよ。あまり興味が無いですからね」


 ヒタヒタ唇に接着させていた指を、嫌にゆっくりとした動作で一本ずつ剥離する。


「だけど貴方が思っている以上に、貴女が想定していた領域を遥かに超える位置にて展開が執り行われていると。とにもかくにもそのことをまず念頭にですね」


 やっぱり彼女の言葉は意図が不明瞭すぎる、それに合わせて半ば反射的に近しい反応をルーフが口にしようとした。


 そのところで。


「あ、お嬢様……」


 何かまずいものを、新鮮な爬虫類の歴史体でも目撃してしまったかのような表情を浮かべて、ハリが少女にとある方向を指し示そうとする。


 その視線の先、人間たちが向ける視線の先。


「おやおや、少し目を離してみたら、随分と盛大に散らかしているな」


 せいぜい三人の小柄な人間の周囲にしか広がっていない惨状を目にして、大人の声が何か面白いものでも期待しているかのような声を発していた。


「どうした君たち? そんな不思議そうな顔をして」


 それはぜひともルーフが口にしたかった台詞で、少年は初めて見る他人、及びそれに追随する多量な人間の塊に目をパチクリとさせる。


 本当に沢山の、両の指程度では到底数えきることのできなさそうな数。


 その大体は丸みのある頭部をしている、尻尾も羽根も生えていないNタイプの人間が主となっている。


 全員何と言うか、黒を基調とした色の激しくない衣服を着用している。


 もしこのまま全員、みな一様に公共交通機関を使用した所で誰一人として注目の的になる事はなく、また誰も記憶の内に留めることはしない。


 そんな感じの集団、普通の人間に見える塊。


 シンプルで個性というものを三角定規で綺麗に削ぎ落とした、そんな感じの人々。


 人間、何の変哲もない。例えばいきなり怪文法を発したり、どう見ても純真無垢な幼女を問答無用で蹂躙したりだとか、そんな異常性などどこにも確認できそうにない。


 普通の人間たち。


 そのはずなのだが。


「怖い」


 ずっと堪えていた、拘束の中で謎の二人組の真ん前で意識を蘇らせるよりも、あるいは大切な妹が他人になぶられたとき、怪物にたべられたとき、初めての場所に足を踏み入れたとき、初めて、初めて、初めて………。


 何故だか分からない、今まで経験したどんな事よりも、ルーフはその集団の事を恐ろしくおぞましく、気持ち悪いものだと認識せずにはいられなかった。


「…………………………………」


 集団はじっと自分たちのほうを、地面に転がっている非力そうな自分の事を見つめている。


 それは好奇心によるものなのか、あるいは。それぞれにちゃんと一人の人間としての、個体らしい存在感はしっかりと確認できる。


 そのはずなのに、どうしてなのか、何故なのだろう意味が、訳が分からない。


 その集団にはそれぞれに存在しているはずの意識がまるで、全然まったく、何と言うべきなのか、それぞれの生き物が持っているはずの匂いを有していなかった。


 存在の香りがあまりにも希薄過ぎる、薄すぎてもはやゼロに等しい。


「気持ち悪い」


 何も無い、他人のはずなのに、ルーフは自分の拒絶感が何処から由来しているものなのか、判別のつかない感覚だけを宙ぶらりんに、とにかく視線を一所に留めないよう努める事だけをする。


「やれやれ、随分と嫌われたものだな」


 そうすると自然に、ほぼ限りなく必然に近い形で彼の視線はとある人物の元へ。


 事故の物として保持されているはずの意識ごと、とある一人の人間の元へと。


 あれは、彼は斑入りなのだろう。頭部に三角形型の聴覚器官と、ここからでは確認できないがきっと臀部には毛に包まれた尾が生えているに違いない。


 彼は何の生き物を基本としているのだろう?


 鳥類だったら春日(かすか)、ネコ科だったら眠子(ねむこ)


 でもそれらではない、それに見た感じでは木々(ききね)でもなければ。


 ルーフは何時かの昔に祖父の家で呼んだ図鑑を思い出す。

 今思えばなぜ祖父の家に人間の図鑑があったことについて、その時はあまり深く考えなかったのだが。


 その中で不意に、幼かったルーフの心を強くひきつけた項目を記憶の深層から意識の中に思い出した。


「狼だ、狼の人間の名前は蝋音(ろうね)………。あいつと同じ」


 あいつとはだれか、それは人づきあいの苦手な人生を送ってきた自分にとって、かなり最近の内にはいる知り合いにいた。


 誰だったか、あの青年の名前は確か、何だったか。


 ルーフは思い出そうとした、しかし記憶の蓋はそれ以上開くことはせず、後は頑なに物言わぬ長物として彼の意識に岩石のような存在感だけを圧迫していた。

エンターキーで誤爆しました、びっくり!

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