台詞の長い彼ら
長々長々長々
それだけが出来るという事実に今は出来る限りの歓喜を捧げつつ、ルーフは牙をむいて二人の人間を見上げた。
圧倒的に自分の方が優位な立場にいる、そうであるにもかからわらずモアは瞬間的にとはいえ彼の敵意に怯んでしまう。
言葉に言葉を返すことが出来ないでいる彼女、その代わりと言わんばかりに隣のハリがどこかわくわくと張り切った様子で彼女の台詞を代弁し始める。
「えー、こちらにいらっしゃる奇妙奇天烈摩訶不思議な服装の御令嬢。つまりモアお嬢様はこの都市、灰笛の中でも指折りの金持ち一家の末子でございまして」
いきなり始まった説明口調、ルーフは話の展開についていくことが出来ず。
「は?」
ごく最少及び最短の疑問文を鉄砲玉のように放つことが精いっぱいの反抗心だったのだが。
しかし、ハリと言う名の男はその反応をいたって真面目そうに受け取り、そのまま賞賛している、あるいは遠回しとも形容できない程直接的に侮蔑しているのか、圧倒的に後者の要素が強すぎる解説を継続しようとする。
「いえいえ、いーえ! その疑問点はよくご理解できますよ王子様、あの地元民にはもっぱら無関心の真髄を貫かんとしている灰笛城の、その歴代の持ち主で管理者である。要するに城の住人と名高いアゲハ一族の末裔、末端となれば、昨今のライトノベル的小説も真っ青のキャラクター設定。ああ! いくら君が若く若々しく十四歳てき設定資料の塊であろうとも、それが仮説であろうとも! 僕はもう居ても立っても居られないぐらいに背筋が凍ってひき笑いを起こしそうに……」
こちらとしてはちょっとばかし強気で、しかしの大体は粗雑で軽々しい応答をしてみただけ、それだけのはずなのに。
相手が、大人の男が真面目くさった表情で眼鏡の奥にあるダークブラウンの瞳をぐるんぐるんとさせて、隣の少女について力説している。
それだけでもう十分すぎるほどに、ルーフの人生における意味不明ランキングの上位に、空腹の肉食獣の如き喰いつきをせんとしている。
「それでですね、アゲハ家の歴史を語るにはやはり何と言っても当代のモア様。あ、つまりボクの隣にいる金髪ポニテちゃん子のことですけれども。それよりも……」
にもかかわらず、ハリの語り口調は留まる事を知らず、よもや永遠に続くのではないかとその場の戦慄させようとしている。
だが結果的にはそうはならなかった。
彼が次の単語を、それと連ねて言葉を紡がんとするよりも早く。
「痛って!」
ハリの体は後方へと軽く、しかしそれに反発する形として屈折するように震動していた。
「貴方はいつもいつも、台詞が長ったらしいのですよ」
見るとモアが足で、革製でかっちりとしている踵の辺りで男のすねを足蹴にしていた。
とても柔らかそうには見えない、自分が履いている化学繊維とゴムで構成されているスニーカーとは大きく異なる。
生き物の皮を丁寧に加工したそれは硬い、それでいて柔和さを感じさせる衝突音の中でハリの長ズボンを、その下にある皮と骨を攻撃的に圧迫している。
「ア、あー、アゲハ一族? 何だ、誰だそれ」
みしりみしりと組織が非人道的に破壊されている音、にもかかわらず平然としている男と女。
異常ここに極まれりといった光景から少しでも目を離そうと、ルーフは仕方なしに床の上から質問文を捻り出すことにした。
実際、ハリの語りの中には彼のだいぶ干からびかけている好奇心を、ビクビクとそそるものがいくつか潜んでいたことも真実であった。
「おやおや、ボクの脛骨を生贄に、王子様のぴちぴちぴっちな好奇心が呼びさまされたようですよ、モアお嬢様」
さすがに骨を直に攻撃された影響は深刻なものらしく、ハリは楕円形の眼鏡の奥をつやつやと潤ませている。
「さっ、自己紹介の続きを御願い致します」
至極当たり前のように足をもとに、綺麗な姿勢を作るモアはため息交じりに男の過剰なる手助けを受け取ることにした。
「はあ、あー……。これは予想以上に貴方の知識が足りていないようで、ワタシはけっこう驚きですよ」
わざわざ丁寧に侮蔑の念を込めながら、モアは自らについての解説に他人行儀な解説を加える。
「えーっと? 私の家について説明……、って自分でするもんなんでしょうか? こう言うのって、取り巻きのページ一枚で始末されそうなキャラクターがすべきだと思うんだけど。まあ、いいか。アゲハ一家ってのはこの土地、灰笛を中心とした波声地方の一角を管理する。まあ、魔術師の斡旋を代々の稼業としている、そんな感じの輩だと思ってちょうだい」
言っている途中でもモアは何か嫌なものでも見たか、あるいは不協和音でも耳にしたかのように顔をしかめて、結局言葉を言い終わるよりも先に、その身を直立したままの姿勢でダラリと弛緩させる。
「あー……、嗚呼、自分で言っておいてそのきな臭さが嗅覚を物理的に刺激してきそうで、嫌んなっちゃうな、まったく」
「よくできました、モアお嬢様」
男は少女に明確過ぎる虚偽の賞賛を送る。
何なんだ、何なのだ! この茶番にも劣る喜劇的臭気すら感じさせる悲劇は!
もはや感情すらも追いつかず、しかし視覚だけが虚しく働いている少年。
それを見下ろしながら、隣にメイドを連れていない少女は彼を見下ろして。
「すまない、とは思っているんすよ」
そうすると色の薄い睫毛が良く見える、その下にある瞳にはどのような感情が込められているのか、本人以外には誰にもわからない。
「このたびはこのような形で、こんな手荒らな真似で、灰笛まで移動してきていたであろう貴方を保護することになるとは。ワタシ達としては一切予測できなんだ、申し訳ないの極みでして」
どうやら彼女は自分に向けて謝罪をしたいのか、形の良い唇にはご立派にしおらしさを演出している、ようにも見えなくはない。
のだが、しかし彼女自身の人生経験の少なさゆえか、どうにもその言葉遣いには子供らしい小生意気さが抜けきっておらず、不恰好と下手くそさがあちらこちらに滲み出ている。
何で自分は子供に謝られているのか、そのことについて深く考える暇もなくハリが彼女の前に立ちふさがり。
「よっこいしょっと」
腰を下ろしてルーフと視線を知覚する、口元はしっかりと上方向に歪んでいた。
「まあねえ、ナナセもさ、もう少し上手くやればよかったんだけど。まさかあんな所であなたの所有物が、破棄されていた筈の実験体が残されていたとは思いもよらなんだ。戦闘に特化した魔女があんなにも手ごわいとは、いやはや、あなたには酷い有様を見せてしまい、ナナセも心苦しく思っていますよ」
ナナセ? 七 ⑦ ちがう、これは人の名前か。
言葉の行き違いを重ねることもなく、ルーフは目の前のメイドではない男性が何のことを言っているのか、ほぼ直感に近い形で察してしまう。
「いやあ、彼女は中々に手強かった。ボクも年甲斐もなくハラハラとしてしまって、……ん? どうしましたか、王子」
ブツブツと口を動かすルーフに、ナナセは黒く長い尻尾をふるりと震わせて、三角形の耳を彼の口元へと近づける。
「………──だ………」
「ん? 何、もっと大きな声で言ってください」
「あの女はどこだっ! 糞が! どこにいるっ」
そろそろ今の自分に許されている領域内まで近づいてきそうだった、ハリの毛髪一本でもいいから食い千切ってやろうかと。
「おっと危ない」
赤黒く変色している歯茎までもが露出している、少年の口からハリ言う名の男はひらりと、人の手から逃れる野良猫のように身をかわす。
「おお、怖い怖い。そんなに興奮しないでくださいよ、気持ち悪いですよ?」
そう言いながら左の唇を、その側面を唇に寄せるハリ。
何かの恰好のようで、それ自体に大した意味もない。
そうしながら、黒髪の男はルーフに言葉を発する。
「ナナセの事を探しているならば、ナナセ自体ならあなたがわざわざお探しになる必要もありません。彼女は残念ながらここにはいませんが。その代わりと言っては何ですが、ボクがいますよ。ボクも一応、ナナセと言うことになりますから」
まだ戻りませんでした、残念。




