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寸足らずな勇気

体調不良継続。

 しかしいつまでもどこまでも叫び続けられるほどの体力がルーフに有るはずもなく、そしてその必要性も感じられないと冷静さが伝えてくる。


 その声に従ってルーフは一旦口を閉じて音を停止させ、腹部が破裂しそうなほどに空気を吸い込む。


「お前らは」


 ようやくまともな呼吸を取り戻した後、彼は苦渋を飲むかのような緊張感にてもう一度、二人の人間に対して簡単な質問文を投げかける。


「何者なんだ、一体、何が目的だ?」


 二人の人影、若い女と少しだけ若く見える男は少年の問いかけに答えようとしない。


 比較的背の低い方が困惑を浮かべ、高い方はやはり平然と平坦な笑みを湛え続けている。


 聞いてはみたものの、その時には既にルーフにとって相手の答えなどさして必要としていなかった。


 他人との会話によってついに、とうとう現実に復帰を果たした肉体と精神は、未だにズクズクと痛みが脈打つ瞼の下、そこにきちんと左右揃っている肉眼でよりクリアになった世界を観察し始める。


 どうやら、なんて前置きも必要が無いくらいに。自分はあからさまに捕縛され、どこかの倉庫に。

 おそらくは灰笛内の、そうでなくともこの世界のどこかにある倉庫内に、これ以上ない程見事に監禁されてしまっているようだった。


 それだけでも異常さがカウンターストップの遥か彼方を突き抜けんとする程なのに。


 にもかかわらず、その上少年の目の前には大事な妹をボコボコしやがった一味の片割れが棒立ちしているのだ。


 どうしたってルーフにはいつまで立っても冷静さが戻るはずもなく、彼は何とかして少女のいる所まで体を移動させようと試みる。


「ぐが」


 しかし怒りによって忘れ去っていた体の拘束が彼の体を重力のもとに効力を発揮し、行使者の思惑通りその身は足をもがれたバッタのように転がるばかりだった。


 ゴロゴロと小さく転倒を繰り返す、痛みを感じる暇もなく床に接近した唇と鼻腔に不潔と称すべき床の汚れが進軍してしまう。


「ごほっ! げほおっ!」


 侵入した異物に対して当然の如き拒絶反応を起こす、ルーフは必要最低限の呼吸器官によって必死に涙その他の体液を絞り出している。


 数十秒ほど彼が苦しげにしている、少女と男はその様子を特に何を言うでもなく、表情をうかがうことは出来ないにしても、一貫した沈黙の中で観察している。


 ルーフはその視線を忌々しく肌で感じ取り、それだけでもう一度怒りに任せて雄叫びをあげる欲求に駆られそうになる。


 しかしどんなに激しい荒波も何時かは終わりを、平穏を迎えるように。


「ぜえ、ぜえ………」


 再三正常さを取り戻すためにルーフは腹部を、浜に打ち上げられて死にかけている魚のように上下させている。


 やがて彼の容体が落ち着いた頃を見計らって、少女が落ち着き払った声で話しかける。


「あー……、えっと、初めましてってことでいいんですよね? うん、それだけは確実だわ」


 コツンコツンと靴の底が床に接着しては離れる音が冷たい空気に響いてくる。


「あなたの名前をどう呼ぶべきか、あの後それなりに審議を重ねましてね。それで結局、王子、と、呼ぶことに決定しました。ちょっと格好が、ファンタジーが過剰かしら?」


 何のことを言っているのか訳が分からない、とりあえず声の雰囲気からして少女は自分に対して緊張感を抱いるらしい。

 それだけは何となく推察できるが、しかし所詮は予想でしかなく、やはりルーフにとってはどうでもいい事柄でしかない。


「とりあえず貴方について、現時点において知れるだけの情報を得たいところですが。しかし初対面の相手に一方的な質問をするのも、どうかと思うし……」


「そうですよモアさん」


 別の足音が、少女の物よりは硬度を感じられない音色をたてて接近してくる。


「相手の事を知りたいのなら、まず最初に己についての情報を公開しなくては」


 入学したての生徒に自己紹介を推奨する教師の様な語り口調に、ルーフは色々な意味で吐き気を催したくなる。


 しかしアドバイスされた当の本人は、いたって真面目に納得を深めて頷きを繰り返している。


「なるほどね、とは言うものの、私の方から特に教えるべき情報なんて無いと思うけれど」


 なんとも説得力のない前置きを置いた後。


「ワタシの名前はモア、モアと申します。気軽にモアちゃんと呼んでも構わない、なんてウィットに富んだ関係性を求めている訳ではないが。しかし、モアと言う存在をそんなに邪険にしてくれないかね」


 低姿勢なのか高圧的なのか、いまいち判断がつかない言葉遣いの中に、ルーフは内容を受け取ろうとする余力もなく、ただただ少女の纏められている髪の毛の毛先がフルフルと震えているのをぼんやりと眺めていた。


 ひんやりと湿った空気にもかかわらずその直線を崩そうとしない、金色に震える毛先をたっぷりと頭部に湛えながら、モアと名乗る少女は言葉の延長戦の上で隣にいる男性の紹介をする。


「それでもって、私の隣でニコニコしているこの野郎はナナセ。ワタシの、あー……、一応部下にあたる関係性ですね、うん」


 張り切った口調であることは間違いなさそうだが、しかしそれにしても内容の充実さが足りていない紹介文。


「初めましてー、イエーイ、ナナセちゃんだよ。よろしくお願います」


 そう呼ばれ、自らもそう名乗る男はずっと笑顔を浮かべたままに会釈を一回。


「さてと、こちらからは今のところこれ位が掲示できる情報の適正量ですが」


 もうすでに一仕事終えたと言わんばかりに、モアと言う名の少女は温かい溜め息を一つ吐きだしている。


「さて、お次にあなたの事について教えて、そうしてもらえたら嬉しいのだけれど。どう? 出来そう?」


 一体少女は何に対して疲労感を抱いているのか、ルーフにはまるで理解できなかったし、したいとも思えなかった。


「知らねえよ」


 酷く落ち着いている、これから大波が襲いかからんとしている海岸線の様な平坦さを描いている。


 おのが呼吸音にどこかよそよそしい違和感を抱きつつも、せめてもの反抗しんとしてルーフは絶え絶えに言葉を絞り出していく。


「テメエらの名前も、俺が一体どんな名前だとか。そんな事、関係ない」


 今度は床に散らばる屑を誤って吸い込まないよう、しっかりと顔面を上層に向けている。


 そうするとまるで胴体だけが魚の獣に変身したかのような錯覚を覚えて、ルーフは金ぴかに輝く連想を振り払うために体を、それこそ本物の魚類じみた挙動で床の上を這いずり回る。


 ズルズルと、なんとかして首の位置を二人組が良く見える所まで安定させる。


 そうすることによって嫌でも自分の、自分を無感情な青い瞳で見下ろしている、金髪サラサラストレートポニーテールな少女が作成したであろう。

 魔法の束縛の具合がおよそ少年に、人間らしい動作と所作すらも許さないレベルにまで達している事。


 見た目は幼女向けの着せ替え人形が、そのまま人間実寸大にまで拡大されたかのような、そんな見た目をしている。


 その割には変態じみた魔法、もしくは魔術のいずれかを、自分の身に使用されている事。


 つまりのところこれ以上の体の自由は望めず、当然のことながら逃亡を図ることなど夢のまた夢である事。


 実際に動いて呼吸をすればするほど、この状況の絶望感が少年の肉と精神を苛なもうとする。


「それよりも」


 その感情に心を押し潰され、元の形が判らなくなるまでグチャグチャにすり潰されてしまいそうに、そんな心情になっている。


 そんな事を絶対に悟られぬよう、それがたとえどんなに無意味であろうとも。


「お前らはいったい何者で、どうしてあんな事をしたのか。無駄口はいらない、それだけを教えろ」


 それでも、あるいはそれ故に、彼は己の身に合わぬ勇気を振り絞って他人に話しかけていた。


 それでもルーフは己の丈に合わぬ気丈さを振舞うぐらいしか

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