台詞は早めに回せ
予期せぬ命令口調。
その先端はどこに向けられているのか、どこかしらの集合体に触れて破裂する。
その膨張力のままに、キンシはようやく一つの案を自分の力のみで導き出し始める。
「とにかく、とにかくです。今僕たちに出来る事を、無能仮面君の現在の居所に関する情報を沢山、少しでも多く、お米一粒のよすがでも構わないので、こちら側で独自に収集することだと」
やっといつもの調子が戻ってきたのか、キンシはそこで演劇っぽい動作で先輩魔法使いに同意を求める。
「そう思いませんか、オーギさん。お願いですからそういう事にして下さい」
話しかけられた手前、律儀に答えようとする相手の反応を待つことすらせずに、キンシは手前勝手に自己完結を進めようとする。
「そうですよね、そうなんです。そう言うことならば、やるべきことはただ一つに集約できます」
キンシはまるでこれから天下分け目の合戦に望む武士のように、元より握りしめていた拳に更なる圧力をかける。
「そうと決まればこうしてはいられません。オーギ先輩、しばらくメイさんをよろしく頼みます」
いい加減にしないと爪が自らの手の平を裂傷し始める。
その手前にてキンシは急激に手の平を開放して、するや否や薄い胸を張り裂けんばかりに上へと反らして行動を開始しようとする。
「僕は今から今すぐに、この灰笛全部の建物を廻りに廻って、しらみ潰しにごく潰しに聞き込み調査を開始します。ので!」
それでは! とりきんで意気込もうとする。
そうしようとしたが、それは出来なかった。
それよりも早く、先んじて、キンシはその脳天にオーギによるチョップを喰らっていた。
「うぐえ?」
痛みを訴える言葉すらも作り出せず、キンシは揺れる脳味噌に事実的な眩暈を覚える。
轢死する両生類のような呻き声と共に、魔法使いの体は痛みによってその場に縮こまっていた。
「嗚呼、あああ……、痛い……。何を、何をしやがるんですかこの先輩さんは」
キンシは頭部を労わるように優しくさすりながら、恨めしい視線をオーギに向ける。
それに全く構う様子もなく、オーギは負けずと剣呑な雰囲気を保って後輩魔法使いを見下ろす。
「どうもこうもねえんだよ、このクソガキ」
手には先ほど頭蓋を刺激した手刀を形作ったまま、佇まいに仁王立ちの雰囲気をまとわせつつ、先輩は後輩に再三の忠告をする。
「落ち着けって……何度言わせやがるんだコンチクショウが。お前がそんなに動揺した所で、この状況の何が解決できる?」
「しかし……」
後輩の反論をオーギは無言で圧迫する。
喉元に留めた空気を一気に吐き出して、オーギは喉の奥から痺れる痛みを味わう。
「この案件は……と言うかもはや事件としての証拠を揃っているけれども。何にしてもどう考えた所で俺達のような、一介のしがない魔法使いにどうこう出来るような範囲と容量を超えている。そうだろ?」
似合わず自虐的な言い回しをする、先輩魔法使いの瞳には全くぶれることのない一貫した意思が灯っている。
しかし確証も確信も、今のキンシにとってはとんと意味のない遥か彼方のともし火でしかなく。
「それは、僕にこの現象を見過ごせと、オーギ先輩はそう主張したいということと、捉えるべきなのですか?」
同極に向かい合う磁石の作用のように、後輩と先輩の魔法使いは互いに一切意見を譲らぬ姿勢のままに、三度視線を交わす。
片方は己の主張を歪めようとはせず、それはもう片方にも共通している。
「……」
結局は言葉を失い、残されたのは会話の途切れる空虚な無音だけ。
閉ざされた唇の内部にて、魔法使い達はそれぞれに個別されていながらも、しかし方向性はおおむねにして同様の思考を抱いていた。
一体、今は何が起きているというのだろうか。
住み家の中で眠る幼女の姿が、痛々しく痛めつけられた惨劇のありさまが脳裏に浮かぶ。
あの現実は一体何なのだろう、どうしてあのような事柄が?
しかし予想できる上においては、これはきっと関われば無傷では済まない、何かしらの流血と喪失伴う事であると、魔法使いの中で限りなく確信に近しい予感がしていた。
彼らはそれを自覚していた。
だからこそ、そうであるが故に。
もう片方は、もうすでに起こってしまった事件から目を逸らし、首が捩じ切れるほどに反らし続けて。
遥か彼方目に見えない所まで、そして今日と明日とその次々と同様の日常を続けることを望み。
あるいは、もう片方は、安直な覚悟と粗雑で穴あきだらけのすかすかなシフォンケーキの如き決意のもとに。
他人の厄介ごとに首を、そのまま歯で頸椎ごと噛み千切られる、そんな可能性すら厭わずに。
その上で進み続けることを。
それは認められないと。
「……」
静かなる戦いが限定された空間内において繰り広げられる。
互いの脳内を覗き見るなどと、まさかそのように悪趣味な特殊技能が魔法使いたちに備わっているはずはないのだが。
それでも彼らは己の思考が相手のそれと対極の位置に存在していることを、何となく予感している。
だがそれ以上に、上と言うよりは遥か遥か下の方、海底並みの位置にある深層意識は互いに。
互いが己の導き出そうとしている答えに対してまるで納得をしておらず、中途半端な所で意識を宙ぶらりんにしている。
それだけが共感できて、だからこそ、なんとも嫌らしく上手い具合に苛立ち崖が累積していく。
水が、上方から降り注ぐ幾つもの粒は人間の体を叩き付けて。
水は、下方の崖の下、大量の流れが衝突音をあげることもせずに全体に飲み込まれて、また新たに別の音を作成し続ける。
ややあって、なんて事もなく、そのあいだには何もなかった。
それが一分ほど、文字と針があれば大体そのぐらいだったはず。
「………、だったら……」
潮騒の中に紛れて、しかしそれに掻き消されないよう懸命に力を込めて、魔法使いの耳元に小さな声が聞こえてきた。
「っ!」
いの一番、といってもその場に居合わせていたのは四人ほどの人間しかなく、そしてその声が対象にしているのはそのうちの半数しかいない訳なので。
ほとんど必然に近い形でキンシが最初に反応することになっていたのだが、しかしそのような事実などは当人の脳内には一切含まれておらず。
「あ」
それまでずるずると引き伸ばしていた沈黙ゆえに呼吸すらも忘れかけていた。
上手く声が出ない、詰まる喉元からは猫の寝言のような声だけが漏れる。
キンシはあんぐりと口を開けたままに、濃い灰色のゴーグルの下で右目を大きく見開いていた。
雨に降られる二人の人間、その注目が向けられる方向。
キンシが住処にしている排水管、に誂えられた粗造りな玄関先。
申し訳程度に灯された魔法宝石照明の明かりの下、そこに彼女が。
医者の目測から大いに外れて、早くも意識を取り戻していたメイがそこに立っていた。
枯れ枝のように細々と頼りない肩をトゥーイに支えてもらいながら、彼女はじっと魔法使いたちに今から獲物に挑みかかる獣のような、強い意識のこもった視線を向けている。
幼女は、白い体をあちこちに、薄赤色に滲む木綿の細布にグルグルと巻かれてカチカチに固定されている。
彼女は傷まみれの体で、しかし唇だけは妙に湿った空気に染められ濡れて、艶々と健康的な赤みを帯びている。
「この場において、まったく関係のない私から、あなたたちに依頼をする。お仕事をたのむ形ならば、そしてそこに報酬をえることが。それならば、納得することが出来るのでしょう?」
メイはひとしきり、返答を求めない形で確認をして。
息が苦しくなる寸前に、音が途切れるよりも早く。
「私は、あなた達に仕事を依頼します。お願いします、絶対に断らないでください」
幼女は魔法使い共に、決定的な台詞を吐き出した。
出来るだけ丁寧に丁寧に丁寧に。




