魔法使いはあまり頭が良くない
もっと勉強頑張れば良かった。
せめて何か反論でもあれば、少しでもましだと思えたのだが。
「すみません」
しかし世に広く伝搬する展開に則して、キンシは最初とほぼ同じの、特に大した感情も込められていなさそうな謝罪をするばかりだった。
「彼らはそれを教えることしかしなかったので、なので、それで良いと思っていました」
もしかして、これはまさか言い訳をしているつもりなのだろうか。
納得が追い付かないオーギに構うことなく、キンシは己の思いつくままに正当化を演出するための言葉を並べるために、賢明に口を動かし続ける。
「それで良かったはずなのです、彼と彼女がそれで納得しているのならば、それ以上に何を求めるべきなのでしょう?」
「求めるとか求めないとか、高等学校のテストじゃねーんだよ……」
いよいよ身体を通り抜けて精神まで侵害してきそうな、そんなレベルの頭痛を噛み殺して、オーギは後輩魔法使いにあえて強気な姿勢を作ってにじり寄る。
「どうせ、他人の事情に深く追求するのが面倒くさかっただとか、あるいは……それ以上に、それ所じゃない好奇心の行く先が目の前に現れた、か」
「まあ、その……」
先輩魔法使いからの追及に、キンシはようやくその挙動に人間らしい揺らめきを生じさせる。
「大体のお察しの通り、と言うのがどうにも心苦しいものですけれども……」
まず最初に追及への同意を、それはただ単に大体における真実を的中させられたことによる、降参の意も含められていたのだが。
しかしそれですべて解決できるほどの単純明快さがあるはずもなく、一階緩んだはずの表情はまたすぐに緊迫感に包まれる。
「でもちゃんと、それ以上に、僕には理由があるのですよ?」
顔を上げてじっと目を合わせてくる、その様子はまるで自分よりも力が強いものに媚びへつらう弱者のようで。
「だって魔法使いは、いつでもどんな時でも病める時でも健やかなる時でも、他人を助けなくてはならないのでしょう?」
「そりゃあ、魔法使いの約束事ってやつか」
灰笛から鉄の国、あるいはこの世界のありとあらゆる、人間が暮らしている文化圏。そのいずこかで発祥した、作者不明の昔話。
魔法使いについて題材にした童話、寓話の方が近いのかもしれない。
キンシが言った場違いな台詞は、おそらくそこから引用したものなのだろうと、オーギはすぐに気付くことが出来た自分自身に対して少しばかり意外に思う。
「良い子ぶって馬鹿真面目にルールを守ることが、そう言うことが全部悪いだなんて、俺なんかが言えた義理は無い、けどよ」
思った上で、自分で考え、先輩魔法使いは後輩魔法使いに反論を示す。
「人を助けるのは結構な事だが、それにはそれなりの覚悟を背負わなくちゃなんねえんだよ。責任だけを武器に、それだけを手の中に握りしめて、見返りを期待せずにする。他人を助けたかったら、そのぐらいの事は腹の中に含めておかねーと」
先輩からのアドバイスに、キンシはやはり無言の中で否定とも同意とも取れぬ反応だけをする。
「それは」
考えようとして、考えて考えて、結局は何も得られることなく。
「そうですね、」
為すがままに、されるがままに、他人からもたらされる一方的な上から目線に従う他、それ以外の行動をとれずに項垂れるだけだった。
口だけでは賛成の意を示して、しかし視線の向かう先は先輩を通り過ぎ、この場面から遠く離れた彼方へと向けられている。
「……」
もう一度沈黙。
魔法使いたちはそれ以上何を語るべきなのか、行方を見定めることも出来ずに。
やはり後輩の方が先に根負けをして、まるで何かから逃れるかのように視線を、体ごと海の方へと。
オーギが玄関先から確認した時と大体同じような恰好に、ビデオホームシステムを逆回ししたかのように戻っていった。
「ハァ……」
これ以上何を語るべきなのか、自分自身もまた疲労によって考える余裕もなくなった。
オーギもまた後輩にならう形となって、崖の下に広がり継続される海原へと目を向けてみる。
雨は降り続けて、雨雲はどうしようもなく天空に居座り続けている。
思えばあの雲はこの海の何処まで続いているのだろうか? 魔法使いたちはぼんやりと、場違いな疑問を抱いていた。
いつも何時もほとんど毎日、自分たちのいる町に振り続ける雨粒を作成する水蒸気の大群。
あれは一体どこまで続いているのか、少なくとも水平線が目視できる範囲には続いているということになっている。
しかしいつまでも何処までも続いているわけではあるまいと、見ることのできない境目に現実逃避を向ける。
そんな魔法使いたちを嘲笑うのか、あるいはただただ無関心じみている、海原は黒々と高原の持たない液体を生き物の鼓動のように揺らめかせ続けていた。
「しかしこうなってしまった以上」
大して時間をかけたわけでもないのだが、それでも肉体の感覚としては丸々一週間はそうしていたかのような。
そんな現実離れをした錯覚を打ち砕くかのように、オーギの鼓膜がキンシの声によって震動する。
「何を言ったところで言い訳、負け惜しみじみた後悔でしかないですが。しかしここで言葉だけを言っていても仕方がないでしょう」
視線は海と空の境界線に定められたまま、いつの間にか唇に人差し指を密着させている。
「しかし、情報が少なすぎます。それは純然たる僕の失態です。そのことについて反省する時刻も許されなくて、僕たちには出来ることがかなり限られている……」
それは誰に向けられているものではなく、自分自身にだけ限定されている環状の問いかけ。
回転はキンシの内層にゆっくりと降り積もり、組み込まれてやがては眩暈へと変貌していく。
「しかし僕はしなくてはならないのです、でしょう、限られた中で彼らに出来るすべてをするつもりなのです」
言葉こそ行方不明ながらも、しかしそこに含まれている意識はあまりにもはっきりとし過ぎている。
「するつもりって、お前まさか、まだこれ以上介入をするつもりなのかよ」
こうなってしまったら、この海に穴を開けんが勢いで凝視している魔法使いを制止することなど困難を極める。
そう理解していながらも、オーギはどうして格式美じみた疑問点を投げつけない訳にはいかなかった。
やはりその質問に対してキンシは答えられず、ひたすらに内側にて言葉を乱立し続ける。
「しかしそのためには足りていません、情報が、手段が、計画があまりにも足りなさすぎます。やはりまずは情報でしょうか? しかしどこから、どうすれば」
鼠の毛色みたいな薄手のゴーグル、くるくると顔面の皮膚に纏わりつく銀色の金具。
その奥でキンシの眼球が、瞳孔が躍動して拡大と収縮を繰り返す。
「どうすれば」
雨水を大量に吸い込む頭髪、その下の分厚い頭蓋骨の下で脳細胞が電流を巡らせる。
あまり優秀とも言えない神経が持ち主の意思に従って、現時点で思いつく限りの選択を広げて模擬を繰り返している。
検索が繰り返される、しかし元となる資料と機能のあまりな拙さに、限界はすぐさまやってきて。
それを認めたくないと、自覚してはいけないとキンシはより深く思考を沈ませようと。
だが駄目なものは駄目で、そもそもの度量の深さがせいぜい道端の水溜り程度しかないのだから。
「ううう、うう、う」
全身の筋肉が無理な行動に対して硬直を始めて、血管はむくむくとはち切れんばかりに膨張して、頬の肉が不健康な色合いを赤々と帯びる。
そのまま破裂すれば、本人にとっては幾らか救いがあったかもしれない。
のだが、しかし。
「うあああ、駄目だーあ」
そんなトンチキな救いがあるはずもなく、キンシは己のチンケな頭脳に自己嫌悪を抱くことしか出来なかった。
特大パフェ「アンビリー・バブル」
製作者による「とにかくバカバカしい程にすごいの」と言う意を込められた名前。
材料[目視で確認できる限り]
・イチゴ
・オレンジ
・ラズベリー
・ウエハース
・生クリーム[ホイップ]
・マンゴー
・アイスクリーム[お好みのフレーバーで]
・コーンフレーク
・シロップ漬けサクランボ
後は何か、雰囲気のある硝子のグラス。




