助けを求めるわけにはいかない
それはいけないのよ
「ヒエオラ店長、こんにちは」
怒鳴り声とがなり声に掻き消されぬよう、尚且つ彼らに感付かれないよう、キンシは慎重に声を張り上げて[綿々]の店主に挨拶をした。
「あ、キンシ君にトゥーイさん、らっしゃいせー」
若く瑞々しい、木々子の青年が弱々しく、ひどく困窮したように挨拶を返してくる。
木々子とは、この世界に存在している人間の種類の一つで、肉体に植物の特性を備えた者を指している。
大衆食堂[綿々]の若き店主、ヒエオラ氏はワタに類する木々子である。
普段、何事も起きていない平和時においては、カスタードクリーム色の花を、木々子の証であり誇りともいえる感覚器官を顔の側面に活力良く震わせ、先代先々代より受け継がれし料理を客たちに振舞っている。
のだが、今はその花も、自身の城で引き起こされている荒事によって、心なしか萎れ枯れかけてしまっているように、キンシには見て取れた。
「なんだか、大変なことになっていますね」
キンシはとりあえず同情の言葉を述べておいた。
「ホントだよ、まったくだよお」
ヒエオラ店長は木々子特有の血色の弱い顔面を、さらに頼りなく白くしていた。突然理不尽に降りかかってきた厄介ごとに押し潰されかけ、消え入りそうな悲鳴を厨房の床から這い登らせてくる。
店長は不合理なる喧騒から身を隠すように、尻を床に着けない姿勢でかがみこんでいた。
通常ならば香辛料と料理用油の薫香の中、強力な火力によって食材を自在に炒める腕が、今は所なさげに腹の前で組み込まれている。
「あの、あれは何ですか?」
キンシはとりあえず思ったままのことを質問してみた。トゥーイは無言で少年の姿を観察している。
「それはボクが一番聞きたいことだよお」
店長も思ったままの回答を返した、薄い眉毛が困惑によって下がる。
「何かさあ、お客様同士の何かしらなトラブルで、何だかそれがボクの知らない間にヒートアップしちゃったみたいでね。何だろうホント」
「何でしょうね」
何一つとして確証の得られない情報に、キンシは脳が痛くなるのを覚えた。
「キンシくーん、助けてくれよ」
店長がキンシに向けて手の平を重ねてくる。
「このままだとマジで刃傷沙汰になっちゃいそうでさあ、ボク怖いよ恐ろしいよ」
「その時は店長自ら戦うしかありませんね」
キンシは真面目腐った様子でうなずく。
「灰笛に生きる者、常な日々で戦うことを決意していないといけませんよ」
「そんな無責任な!」
店長はいよいよ涙を浮かべかける。
「魔法使いなら、こういう時助けてくれるもんじゃないの?」
店長の緊急を要する依頼、しかし若き魔法使いはその頼みをけんもほろろに断る。
「あーすみませんね、そういうのはいったん事務所を通してもらわないと」
ただでさえ先行き不安な職業、下手に無断で厄介ごとに首を突っ込むんでない。というのはオーギ及び先輩魔法使いからいの一番に教え込まれた事柄だった。
「大体こういうのは僕らみたいな半端物ではなく、もっとこう、ちゃんとしっかりした機関に助けを求めるべきですよ」
意味不明なトラブルによってなかなか昼食にありつけず、空腹によって苛立ち始めているキンシは、おざなりにそれとなく身に着けた一般常識を述べる。
「例えば警察とか、そうじゃなかったら自警団とか」
「それはだめ!」
誰か、若々しい女性の声が、魔法使いの提案を否定した。
木々子は「キギネ」「キッコ」「草人」或いは「ジュモク人」と呼ばれたりします。
通常体の一部、主に霊長類の聴覚器官がある部分に、植物の花に似た器官を有しています。
「耳花」と呼ばれるそれは、基本的に一年中花弁を開いています。ですがある一定の条件を満たすと花弁がしぼみ、植物の種子に似た物質を生み出します。
ちなみに生殖方法は他の大部分の哺乳類と同様です。




