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魔法の薬箱の中身は秘密です

宝石箱を購入しました、百円。

 いつか聞いた言葉など、今更思い出したところで一体何になるというのだろうか。


 幻聴を振り払い、自身の呼吸音だけを聞きながらオーギは患者のもとに近付いてみる。


「さて、と、お前のご要望通り、俺みたいなド三流治癒魔法使いのクソ頼りない技を施したわけだが」


 意識の奥底でそこに目を向けることに拒否感があったのだろうか、オーギはまず最初に寝所の近くにうずくまっている青年の方に話しかける。


「本当に大丈夫だった……、って、治した奴自身が言うのもあれだが。それでも、いくら俺が治癒魔法を専門としているとは言え、所詮は素人のアバウトなものでしかないし。やっぱりこのまま……」


 自虐の中でしつこくオーギは常識的な行動を勧めようとして。


「………………………」


 やはりトゥーイの視線によってそれを阻害されることになる。


 じっと、一体何が彼をそうまでさせるのだろうか。

 オーギは少しだけ好奇心に駆られたが、しかしそんな事をいちいちこんな所で追及したところで何になるというのだろう。


 仕方なしに、なし崩しでオーギは自らの技を施術した患者の方に目を向けることになる。


 そうすると、嫌でも彼の内部からは猛り狂う暴風雨の様な嫌悪感が留めようもなく湧き上がってきた。


「すぅ……、すぅ……」


 若干遅々としているものの、メイという名の幼女の呼吸は大体健康的なレベルの内に保たれていて、これ以上の悪化を予期させる雰囲気は一切含まれていない。


 見た感じではそう見える。

 

 のだが、しかし、患者の安静を確認し、確信して安心を深めるほどに、オーギの中では怒りにも似た疑問が堰を切ったように口元へと広がり、苦々しく味蕾(みらい)を染め上げる。


 どうして、どうしてこんな。


 一見する必要すらない程に、どう見たって彼女はただの幼女で、その肉体はこの世界に多数存在している弱々しさをある程度まで寄り集めて、そこに集約した物であって。


 だからこそ何ゆえにこんな幼女がここまで、こんなにも、どうしようもなく言い訳もできない位に、徹底的なまでに痛めつけられ、こんな所で弱々しくぼろ雑巾の如く打ちひしがれている事になっているのだろう。


 彼女はどうしてこんなにも、白いはずの体がほんのり赤くなるまでぼこぼこに殴られ、ただでさえ色素の足りていないその身から、より一層血の気が削られるほどズタズタに切り付けられてしまったのだろう。


 はたしてこんな幼女の何処に、そんな事をされてしまう筋合いがあるというのだろうか。


 オーギにはまるで理解できなかった、赤々とリンゴのように殴られる筋合いも、肌が白百合色になるまで出血させれれる道理も。

 というか、そもそも今しがた自分が治療行為をしたばかりの子の幼女は一体どこの、何者であるだとか。


 何もかもが解らなくて理解の仕様が無く、それどころか知りたいとさえ思うことも何かしら、恐ろしい事柄の切っ掛けになりそうな、そんな不安に駆られそうになっている。


 不安が内部を侵略し、犯し、崩壊を起こそうとしている。


 そうしないためにオーギはとにかく考えることしか、それしか他に出来ないでいた。


 何か、何でもいいから考えていないと、そうしていないと、そうでもしていないと目の前の非現実的お光景に、異常な世界に煎餅よろしく圧縮されて、理性ごと粉々に砕かれてしまいそう。


 そんな観念に囚われていた。


 静謐な部屋、あるのは三人ほどの人間から発せられるそれぞれ音色の異なる呼吸音のみ。


「とりあえず」


 沈黙に耐えきれなくなったわけではなく、別にこのまま黙って部屋の外まで移動しても構わなかった。


 そのはずなのだが、何故かオーギは誰でもいいから、誰かに自分の声を聞いてほしい欲求に駆られ、一定の冷静さの上に則った言葉を自然と口にしていた。


「とりあえず、だが、あくまでも素人的見解としては、世に言うところの峠というものを無事にこえた、と、思うぜ」


 今更になって遅れ気味の過呼吸がやって来たのだろうか、喉周辺の筋肉が硬直して上手く声が出せない。


 途切れ途切れな先輩魔法使いの言葉に、トゥーイは耳だけを回転させて一応の反応を示してくる。


「だから、あーその……、しばらく安静にしていれば、大丈夫だと」


 言葉を言い終わるよりも早く、その台詞のいかにも専門家然とした雰囲気に押し流されて、オーギは結局尻切れトンボに音声を濁らせる。


 幼女やらそれにつきっきりの青年やら、色々と思考を催しそうになる対象から目を逸らし、代わりに眼球の矛先が向けられたのは一つの箱であった。


 部屋の隅、悲劇的に間で文庫本が散らばりまくっていた部屋を無理やりに片して、そうして作り上げた空間。


 急激にものを動かしたが故の物寂しげな雰囲気がある、硬い床の上にはランドセルほどの大きさの木箱が置かれている。


 魚の腹を開く様に展開されている、引き出しと仕掛けが満載されている木製のそれは、一応オーギの私物であった。


 硬い外層とは裏腹に内部は柔らかそうで明るい色彩の布製の素材が施されている、箱の内部には大量の硝子瓶が大小様々、細い一品太い一品、とにかく何一つとして統一性がない形状にて、一つの狭い空間に所狭しと詰め込まれている。


 この部屋で眠り込んでいる幼女の体に打ち込んだ、睡眠導入用魔法薬の小瓶がその内部を少し減らした様子で大人しく収めこまれているのが、ぼんやりと静かにオーギの視覚に確認できた。


 何時かの過去に、思い出したくない思い出の中で、自分の父親から譲り受けた───。


 ……と、そんなふうに言ってもよいものなのだろうか? 


 オーギは自分の内部にて、おおよその半生において何度目かもわからぬ疑問を抱きかけて、どの道答えは得られないとすぐに小さく諦めをつける。


 足音を立てることすら憂い、オーギは何故か特に理由もなく忍び足で自らの所有物、今はそう言うことになっている薬箱に近付く。


 緊急の用事にて少し力買った内部を少しばかり、心休めとして整理整頓。(??)


 それにしてもちょうど都合よく麻酔薬を備蓄しておいてよかったと、己の都合に遅れた感謝をしつつ、オーギは腕を軽く捲り上げる。


 撥水性に優れた長袖の中、持ち主の手によって露わにさせられた手首。


 いくつか青い静脈が浮き出ている、余り肉付きが良いとも言えない腕の始まりの辺り。


 そこには、何も知らなければただのシミか、それとも少しだけ派手が過ぎるホクロか、もう少しうがった見方をすれば変な形の傷跡。


 いずれにしても、他人にとってはどうでもいい肉体の一部でしかない。


 そんなささやかな、皮膚と肉を貫通して刻み込まれている模様。


 少しだけバーコードに似ていなくもない、それをオーギは薬箱に軽く押し付ける。


 と、そうすると。


 薬箱はまるで生き物の肉体が本来あるべき健康な形へ再生するかのように、乱雑に開かれていた引出しやら蓋やらを全て、まるで自らに意識が通っているかのように収納し始め。


 そして最終的に元の形へ、つまり元々のランドセル大にコンパクトでシンプルな形状に戻ると、そのままその場に置いて、外部から内部にかけて水が蒸発するのと似たような挙動で融解を開始する。


 溶ける木箱、それは融解した物を液体として世界に残すこともせずに、塵塵(ちりちり)と存在そのものを希釈する。


 薄まったそれは好き勝手に散らばっているようで、しかし見ようによっては粒の幾つかが心許なく手首の模様に吸い込まれた。


 様に見えたり、あるいは見えなかったり。


 どちらにしても、大して時間もかからぬうちに大量の水薬入り硝子瓶を大量に搭載した、魔法の薬箱は現在の持ち主の意識によって、この世界からは視覚することのできない場所へと移動させられていた。

そもそもそういったものが存在していることに、人類は気付いておらず、気付くはずもなかったのだ。

かつてそれらは物質の変化そのものであった。

しかしいつしか、いつの日だったかは定かではないにしても、人類はそれを意識の内に留めるようになった。

やがてそれは一定のルールとなり、色々な方法となり、様々な技術となった。

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