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怪文法注意報

不思議不思議な言い回し。

「糞が」


 キンシは怒っていた。


「くそったれが」


 激怒とまではいかなくとも、そこまで感情の波が到達する寸前にまで、誰にも見えないはずの内側外に見えそうになるぐらい判りやすく荒れ狂わせていた。


「やられました、これは完全に僕の失態失敗失言失望……」


「キ、キンシちゃん? 落ち着いて」


 静かでいるはずなのに、誤魔化そうと必死に取り繕おうとしていながら、どうしてもそれが出来ずモロバレに激情が溢れかえっている。


 そんな魔法使いに対して、シマエは果敢にも心配の声をかけようとする。


「ごめんなさいね、私がもう少し強く引き留めていれば……」


「いえ! いえいえいえ、いーえ!」


 そんなに強く反論されるとは思いもよらなかったシマエは、相手の語気の強さに若干たじろいで。


 相手が戸惑っているのにも構うことなく、キンシは一切合切周囲を思いやろうとする気持ちすらなく、だらだらと後悔に乗せて自責の念を吐き出すことしか出来ないでいた。


「これは誰も悪くないのです、回避することは出来なかった? いえ、そうだったのでしょうか。それは違うと僕は思います。だとすれば、彼は一体何をかんがえていたのでしょうか。ああ、ああ、嗚呼、まるで意味が解らない、解りませんよ」


「意味が解らないのはオメーだよ」


 荒れ狂う後輩魔法使いに、オーギは拳による物理的、精神的の両面から制止を図った。


「まったくもって、いま何が起きているのか俺には全然わからねーけどよ。とりあえずお前がこんな所で狂乱して、一体何の意味があるってんだよ」


 先輩魔法使いの拳を頭頂部で受け入れながら、脳が振動させられるままにキンシはすべる言葉を一時停止して、しばし沈黙に身を浸す。


 そして呼吸を一つ二つと繰り返して、心臓の動きだけでも平静さを取り戻した頃に。


「それで? とりあえずは今話すことのできる事柄だけでも、洗いざらい話してもらおうか」


 じっとりと湿る黒髪から手を離して、オーギは気だるそうに今やるべき行動を指示する。


「とはいえ、こんな所で話すのもあれだな……。ちょっと移動するか」


 頭から離した手の平を、そのまま滑るような動作でオーギはキンシの上着の襟首を掴み、硬直している後輩の体をズルズルと違う場所まで連行しようとする。


「あ、ちょっと」


 シマエが呼び止めようとして、それよりも早くオーギは彼女の方に視線を向けながら。


「悪いが、ちょっとばかし厄介事が起きそうなんだ。これは俺たちだけで、魔法使いだけで済まさせてくれないか」


「え……ああ、そう……」


 はたしてそれが意図的なものであったのだろうか、彼女に審議させる暇すらも与えずに、オーギは後輩連中を引き連れてビルの外へと、灰笛の町へと繰り出していった。


「……ずるいなあ、それを言われたら何もできないって、あの人は分かっているのかしら」


 取り残された女はひとり、悔しさの中で独り言を呟いて。



 彼女を日常の中に取り残したまま、魔法使いは腕の中に後輩の重みを感じ取りながら、人けのないところをどうにかして見繕おうとしていた。


 十数分ほど歩いて、歩いて歩きまわった所。


 車も人もまばらな通り、平日の静けさに満ちている道路からさらに横に逸れた所へ。

 

 四輪車両が二台ギリギリ通れるほどのスペースだけが許されている。


 何の変哲もない、世界中のどこにでもありそうな、何の変化も訪れそうにない。


 現代文明に満たされた世界において、その庇護に満ち満ちている道の上。


 そこに三人の魔法使い、詳しくは魔法使い二人と魔法剣士一人が互いに寄り添う訳でもなく、かといって距離をとることもせずに棒立ちしていた。


 オーギは数回ほど首を左右に回し、ひとしきり周囲の確認をして。


「さて、ここなら多分、大体の事を話しても大丈夫そうだな」


 手を離した。


「うわ、」


 急に引力を失い、しばらくの間忘却していた重力が肉に圧し掛かってくる。


 実体のない、しかし確かに存在している実感をその身にじっくりと味わいながら、キンシは体感を取り戻すために数回足踏みをした。


 履いているゴム長靴の靴底が、ぼこぼことアスファルトと接触し合い擦れあう空虚な音が鳴り響く。


 その音の残滓を引きずる訳でもなく、オーギはすかさず途切れていた詰問を再開し始める。


「お前はどれだけの事を、さっきの情報に限定した話として、どれくらいの事情を知っているのか。包み隠さず洗いざらい話しやがれコンチクショウ」


「……まるで僕が取り調べを受けているようですね」


 歯切れの悪いジョークを吟味する必要などない、とじっと自分の事を見下ろしている先輩の視線を一身に浴びながら、これはもう逃げ場はないとキンシは一つの事柄を諦めた。


 つらつら、つらつら。

 かくかくしかじか。


 魔法使いが別の魔法使いに対して昨日の事柄を、空模様的にはそろそろ二日前に差し掛かろうとしている過去をひとしきり、一切の脚色も演出もなく語り尽くす。


 雨は一向に止む気配がなく、いつもならば薄紅もしくは薄紅の夕闇に染められるはずの道路は、薄暗い雨水に容赦なく水浸しにされている。


 街のあちこちに彫り込まれている排水溝、生き物の毛細血管の如く張り巡らされている排水管。


 それらがそろそろキャパ以上の水量に無言の困惑を呈している頃。


「あー、あー」


 口を閉ざした後輩魔法使いと相対して、オーギは唇をぽっかりと開けて呻き声とも嘆き声とも取れない音声を空中へと放出した。


「あああー、もー、なんて言うんかなーこういうのよー」


「何でしょうかねーとっても不思議ですよねー」


 なんだかさっきの女魔術師のようになっている口調に、後輩が悪ノリをしようとした瞬間に。


「不思議もクソもあるかい、このクソガキが」


 激しいデコピンがキンシの額を、ゴーグルの保護虚しく骨まで響く強力さ頭蓋骨をびりりと振動させる。


「痛い……」


 痛覚以上に、己の内に滞っている感情に苦しみを抱いているキンシは、誰に対して言い訳をするでもなく、誤魔化しの笑みをへらへらと唇の端に浮かべることしか出来ないでいた。


 明朗さからは遥かに駆け慣れている、触れてみれば今自分たちの立っている地面のようにべっちょりとしていそうな、気持ちの悪い笑みを浮かべている後輩魔法使い。


 オーギはその表情を見下ろしながら、苦々しく溜め息を吐きながら前髪を指でかき分ける。


「まったくよお……。お前ってのはどうしてこうも、厄介事にばかり巻き込まれてるんだよ。そういう所だけ先代に似やがって」


「いやあ、それほどでも」


「褒めてねえんだよ、このクソガキ」


 オーギは言葉に棘を増やして、そうでもしないと内側から吹き出る不安に押し潰されそうになる。

 しかしそれを他人に明かさないよう、連続する二酸化炭素の排出によって何とか誤魔化そうとしていた。


「それって、そんなん……、どないするんよマジに、笑っとる場合やないで」


「いえ、それはもう僕自身にも十分自覚してはいることですよ」


 もはやこの状況下において、何を訴えた所で言い訳じみたものにしかならない。


 そんな事を十分に自覚していながらも、それでもキンシは何かに対して自分の思うところを自白せずにはいられなかった。


「しかし……それでも僕はあの人たちをほうっておくことは出来なかったのです、だって」


 顎の先が首の方へと動き、視線は骨の動きに合わせて濡れるアスファルトに真っ直ぐ向けられる。


「そんな事をしたら、それでは意味がない、だって僕は魔法使いなのだから。キンシと言う名前を預かった魔法使いになったのですから、だからキンシとして、願われるままの魔法使いとしての行動をしなくてはならないのです。そうしなければ僕は、僕は、僕は、僕は」


 曲げられる背骨、圧迫された腹部から連続する声は雨粒へと向けられて。


「僕は、僕が、そうしないと。そうしなければ、僕なんて、─────僕は?」


 だがそれはただの人間の声でしかなく、当然のことながら水から奏でられる音色と交わることは許されるはずもなかったのだった。

鉱物とは?

地球上にて作成された固形物質の事。

岩石を主な成分としている、と言うか岩石が鉱物と言うべきなのか、どうなのか。

五千三百もの種類が発見されている、その多くは無機物。

だが例外もあり、生物の体からつくられる鉱物もある。

また鉱物と呼ぶことは出来なくとも、宝石に分類できるものもあり、その辺は個人の判断に分かれるのか。どうなのか、詳しいことは分からない。

また水銀は基本が液体ではあるが、鉱物にもなる。

何と言うか、先に宣言すれば何でもありな様な気がしてきた。

(三流小説家Nの個人的自筆ノートより)

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