他のお客様はいないですが、ご迷惑になりますので
そろそろ止めてほしい
しかしながら、あらゆる物事と同様に、それが如何様な物であろうとも、一度開始された事は当人含めた人の願いを超えて継続されてしまうものである。
「んだとっ…このっ…」
少年による渾身の煽りは、酩酊によって不安定かつ不明瞭になっている意識に、熱い熱い嫌悪感を芽生えさせた。
少年を見下ろす男性の体はバイブレーションのように震えだし、頂にある顔面は元々の赤みを更に増して、さながら夜間の配電用鉄塔の如き迫力を生み出さんとしていた。
男性の怒りは、本来の目的であるはずの少年から遥かにはみ出そうとする勢いで、店内を爆散せしめる威力を発揮しかけている。
こんな街中で、こんな真昼間から、こんな湿気だらけの日に、どうしてそこまで怒気をはらめるのか。酒類の魔力もさることながら、今まさに嚇怒の剣先を向けられる続けている少年の、無謀ともとれる対抗心にキンシは心からの疑問を抱いた。
この場における辛うじて残された救いは、男性がまだ普通の大人としての理性を失っていない所だろうか。
二人の魔法使いは言い様のない焦燥感に駆られた。少年が何に対して怒っているかどうかはともかく、男性が大人を捨てるより先に、何かしらの行動を起こさなくては。そうしないとかなり面倒なことになる。
それは、今日は[綿々]で昼食を摂ることを諦めて、適当にコンビニエンスストア辺りでおにぎりでも購入して済ましておくなど。
つまりは逃げることだって、彼らには出来たはずなのだった。
だけどしなかった。逃避本能よりも、この後の展開を見届けたいという、野次馬的好奇心が厄介なことに生まれつつあったのである。
「あ!」
好奇心が確定されてしまうより先に、現実の方が動きを見せてくる。店の入り口、普段だったら邪魔臭い所に棒立ちになっているキンシとトゥーイに、何者かが声をかけてきた。
「ちょいちょい、ちょい!そこのお二人さん!」
声は店内の、厨房が備えられているカウンターの中から聞こえてくる。
キンシ達は刺々しい騒ぎに意識を向けつつ、カウンターの方へソロリソロリと忍び足で接近する。
「店長、こんにちは」
カウンターの中を覗き見たキンシは、努めて平静さを保って中にいた人物に挨拶をした。
「こんにちは、なんて言っている場合じゃないよ、魔法使いさん」
カウンター内部、清潔なる厨房の床には一人の人間。この店、[綿々]の店主兼料理長である年若い男性が座り込んでいた。
二人の人間から生み出されている緊迫感によって気付き難くなってはいるが、店主はつい最近まで料理を執り行っていたらしく、厨房内は刺激的な好ましい香りに満ち満ちていた。
トゥーイがマスクの内にある鼻を、スンと鳴らした。
食事中は食事のみに集中する派です。




