表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/1412

彼らについての話

 トゥーイという名の魔法使いの青年は願っていた。

 不安げに、柴犬のようにふんわりと白い耳が動く。

 身に付けている割烹着のポケットにはノートが一冊。

 魔法使いと、魔法使いに憧れる美少女ののんびりのほほんとした生活を記したもの。

 書きたてほやほやの文章が眠る。


「…………」


 どうかそのまま、そのまま、そのまま、読み進めてくれますように。


 日の光が届かない、トンネルのような暗がりを一人歩く、青年は静かに祈っていた。


 閉じた唇、言葉を紡げない器官の内側。

 咥内(こうない)の柔らかな粘膜に、青年は先ほど書いたばかりのノートのことを思う。

 そこに記した一人称視点についてを考えていた。


 そこに特別なものはないと、青年はそう信じようとした。

 青年の魔法使いは自分の持つ、柴犬のような聴覚器官の先端に願望を抱く。


 青年は考えを巡らせる。

 答えの見つからない、堂々巡りの果てはすぐに見定められていた。


 考え事に答えが見つからない。

 その代わりと言わんばかりに、青年の行く先にはトンネルの終わりが見えてきていた。


 生まれたての光が水蒸気に透け、白に近い灰色の空を照らす。


  いついかなる時であっても、日の光というものが平等であると。

 そう仮定してみたところで、はたしてこの地方都市にもそれが共通しているかどうかは、少し疑いたいところ。

 

 夜を通り越した、冷えた空気が生まれたての日光に温度を与えられていく。


 ここは灰笛(はいふえ)


 (てつ)の国という名前の国、国家と呼称されるほどには固定化された文化圏。


 ヒトビトの織り成す魔法や魔術が数多く存在する。そんな地方都市。

 それが灰笛(はいふえ)


 灰笛(はいふえ)の、本日の天気は晴れのち雨。

 朝方の終わりと共に青空が灰色に染まる。

 都市は冷たい雨水に頭から爪の先まで、ビシャビシャに浸されるでしょう。という天気予報が昨晩のラジオ番組で流れていた。


 すでに雨の気配は都市の上空を漂い始めている。

 鈍色の、濃密なる湿気の気配は海岸沿い、水上工業地帯が林立する区域にも広がりを見せている。


 海沿いの崖、そこはおよそ人間が社会的通念に従って居住をするには相応しくない。


 例えば、白塗りの壁や赤い屋根に丸窓といった、文化的に洒落た住居はその場所に用意されてなどいない。


 その代わりにあるのは、崖の側面からまるで吹き出ものの様に生えている配水管。

 数々の硬い穴、暗い空洞は都市に降り注いだ雨水を排するために、かつての魔導関係者によって設計されたもの。


 いつかの時代には人間に重宝されていた。

 それらの管は昨今の魔術ないし科学技術の発展によって、いつしか役目を降ろされ、意味を剥奪させられた。


 あとに残された、意味もない乾いた空洞たち。


 その内の一本、使われていない排水管の中身。


 そこに二名ほどの愚か者……、もとい若い魔法使いが暮らしていた。


 海に面した崖のなか、直線上に円く開かれた排水口。


 円の直径としては、それなりに身長のある男性ひとりならば、余裕をもって通過できる程度だ。


  直線上に延びる、管の側面に魔法使いらの部屋は存在している。


 およそ常識的な住居とは呼べそうにない、それが現時点における彼らの住居であった。


 所は変わって、青年が目指す行く先にひとつの寝息が寂しく奏でられている。


 強引かつ雑に嵌め込まれた窓。そこにかけられた安っぽい、擦りきれてくたびれたカーテン。

 そこへ薄い日光が差し込んでいる。


 かすかな熱量が、部屋の内部で眠る一人の人間を照らし出していた。


 すうすうと、規則正しく穏やかな寝息を連続させている。

 それは子供のように見える、この場所に生息する愚か者……、もとい若い魔法使いのうちの一人。


 まだまだ子供の領域すら脱しきれていない。

 若い人間は自らを魔法使いと自覚し、それを自称している。


 魔法使いの名前を「ナナキ・キンシ」と言う。


 年齢は十二歳程度、まだまだ大人には遠く及ばぬ未熟さが全身にくまなく存在している。


 眠子(ねむこ)と呼称されるもの、この世界におけるニンゲンの種類の一つ。

 正確には人間と異なっている生き物。

 獣人族と言うべきか。「猫又」と呼ばれた魔物の血を色濃く受けついた魔物族の子供。


 ビターチョコレートで丁寧にグラデーションをあしらったピザのように薄い、柔らかい耳。

 子猫のような聴覚器官が朝のひんやりとした空気に触れる。黒の毛先がピコピコとふるえる。


 ソファのように狭苦しい寝床に体を横たえている、掛け布団を一枚かけただけの寝姿である。


 気温の低さのせいであろう、首元まですっぽりと毛布を被っている。

 そこから覗いている頭部は、ボブカット風味に短く切られた毛髪がたっぷりと生えている。


 ねこっ毛で柔らかく屈折する髪の毛は、一晩のうちにもみくちゃにされて毛先を四方八方好き放題に跳ね回らせている。


 若干の癖がある毛先がキンシの、いささか血色の悪い肌に強いコントラストを描いている。


 すうすうと、なんとも穏やかそうに寝息をたてている。

 キンシが少し寝返りを打つ、そうすると寝癖にまみれた黒い毛先と、それと同じ色をもつ聴覚器官がピクリと動いた。


 肌の色をしていない、耳と思わしきそれは獣のような形をしている。


 ほのかに丸みをおびた三角形、それがまるで子猫のように均等な位置関係を結んでいる。


 耳がまた動く、そうするとまた毛先に触れる。

 だが先ほどまでの黒色とは別に、一部分に限られた灰色の髪がするりと空気にさらされていた。


 灰色はほんの少し、一房ほどしか含まれていない。

 だが墨汁のように黒々としたキンシの頭部において、輝きは微弱ながらも確かな存在感を放っていた。


「すぅすぅ……」


 キンシは寝息を連続させる。

 眠り続ける、その姿はさながら時間という運命を真っ向から否定しているかのようであった。


 寝床の上で寝返りを打つ。


「んるるるる……んるるるる……」


 体を動かすと、キンシの喉の辺りからなんともおかしな音色がなっていた。


 もうそろそろ目覚めなくてはならない、そうしなくては因果律の元に「遅刻」という悲劇が訪れる。

 にもかかわらず、キンシの眠りは水平線よりも遠く、どこまでも広がり続けている。


 そこへ一つの足音が接近してきた。


 眠る魔法使いへと近づく、青年もまたキンシと同じ魔法使いであった。

 彼は、まるでキンシの持つ髪色と相対するかのように、彼の毛髪は雪のようにはっきりとした白色をもっていた。


「先生」


 青年がキンシに向けて話しかけている。

 声は、どこか違和感のある……電子的なノイズが混ざる、肉声ではないモノだった。

 

 トゥーイと言う名前をもつ彼。

 すでに「人間」が衰退しつつある世界において、当然の事のように彼も人間では無いようである


 浪音(ろうね)と言う獣人の種類。

 滅びかけの「普通の人間」ではない。青年もまた魔物族の一部分であるらしい。


「山犬」と言う怪異の血肉を持つ彼は犬のような耳を動かす。

 低温でじっくり焼き上げた個々のパンのような色合いの耳が、ふっかふかと静かに揺れた。


 彼はキンシと共にこの場所で暮らしている、言うならば同居人の関係性にあたる。


 トゥーイはその紫色をした瞳で、キンシをじっと見下ろしていた。


 眼差しはひどく無機質なもので、少なくとも外見上ではとても感情を読み取れそうにない。


 見ている先、ソファーのようでとても寝心地が悪そうな寝所に、キンシは体重と存在感の全てを預けている。


 彼はキンシの寝息に耳を傾ける。

 やはりというべきか彼の耳もまた獣のようで、それはちょうど柴犬のような具合となっていた。


「先生」


 トゥーイがもう一度キンシに呼び掛けている。

 どうやらそれが、青年におけるキンシの呼び名らしい。


 もう一度呼んでみると、今度はキンシの方から返答と思わしきものがゆらゆらと伸びてきた。


「ううう……」


 まずはうめき声が一つ。


「分かっている、朝なのでしょう?」


 そして吐き出された言葉とは裏腹に、次の瞬間には再び寝息のリズム。


「トゥーイさん、ですか……?」


 キンシのとろんとした視線がトゥーイの姿を捉えている。

 新緑のように鮮やかな緑色を持つ、右目の虹彩はほんのひととき、彼を反射する。


「むにゃむにゃ、夢を見ていたんですよ……」


 トゥーイに向けて、なのか、あるいはただの夢うつつの独り言なのか。

 どっちつかずの気配のまま、あいまいなままでキンシは枕に頭を沈み込ませている。


「可哀想な、可愛い女の子が、素敵な王子様と結ばれる。

 ……すごく、すごく都合のいい夢なんです。

 女の子は小鳥みたいに可愛くて、今すぐにでも頭からパックリ食べたくなるくらい……。


 ああ、でも逆に王子様はすんごく嫌な感じなんです。

 理由は特にわかりませんが、なんか、なんかねえ……嫌な感じなんです」


 そこまで語った所で。


「むにゃん」


 キンシは再び眠りの海の中に、再び意識を沈没させていた。


 寝言だったのだろうか。

 眠る子供をとりあえず放置することにして、トゥーイは再びキンシの元から離れる。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 転生や転移する存在は主人公側になることが多い中、怪物がそちらのポジションになるのは斬新だと思いました。電車、ラジオなど、魔法が使える世界で科学も発展しているということで、不思議な世界観が魅…
2022/06/09 09:23 退会済み
管理
[一言] こんにちは。Twitterの方から来ました。 色々な設定が公開されてきますねぇ...。 次話もゆっくり読ませてもらいます
[良い点] おはようございます(*^^*) えっと、2話目まで読ませて頂きました。 正直、現時点では何も言えません! もっと読み進めて、世界観に没頭する必要ありです。 本当にごめんなさい。 話数も1…
2022/02/25 03:32 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ