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悪いことをしたという自覚が毛ほども無い

 少年は怒り狂っていた。


 若すぎる男性、一体何に怯えているのだろうか?

 賢明に怒りと声を張り上げている。


 顔は不思議と白さを保てている。

 理由としては、怒りそのものよりも少年の内側に恐怖心があまりにも多くを占めているからなのだろうか。


 キンシは他人の姿を見ながら、ドライアイスの様な触れ難い怒りをどこか奇妙なものとして肌に感じていた。


 ようやっと理解するための体勢を得かけた。

 キンシは、怒涛の現実から情報をすくい上げようと試みた。


「メイに…、俺の妹に火傷をおわせといて、手前様って奴は謝罪の一つも出来ねえってのかよお、おお?」


 どうやら、すでに解り切っていることだが、客同士の何かしらのトラブルが起こっているらしい。

 少年は店の入り口に背を向けて立っている、なのでキンシ達が棒立ちになっている位置からは、彼の表情をうかがうことは出来ない。

 

 それでも、まったく正真正銘赤の他人であるキンシ達にも、彼の怒りの深さが、とてもよく伝わってくる。

 少年が怒りがたっぷり含まれた呼吸をする、空気が歯を通り抜けて獣の唸りじみた音を発する。


 袖のすっきりした上着から覗く、まだまだ未発達の細腕。そこはかとなく日に焼けている拳が、赤くなるまで握り締められる。


 キンシより、恐らく少し低い身長。その天辺にある頭部、赤みの強いくせ毛に覆われた頭皮は、その赤色と相まってまるで活火山の如く燃え上っているようだった。


 子供から発せられる、子供らしからぬ憎悪じみた怒りに、年上の方の男性は正直なところたじろいでいる様子が見て取れた。


 それもそうだろう、いきなりとまでは言わなくとも、見ず知らずの他人からそこまでの感情を向けられたら、普通だったら怯えても何も可笑しくない所だ。


 それでも、店の迷惑を鑑みる思考を捨ててでも、男が少年に対して対抗を止めないのは、大人としての誇りに近い挟持が両足を支えて、引き下がりたいのに引き下がれない程支配しているのか。

 或いはただ、とキンシはふと気付く。


 年上の男性の方をじっと、相手に悟られないよう慎重に観察してみた所では、彼の頬は周囲の気温に見合わぬ赤みが灯っている。

 どうやらこの喧嘩、アルコールの魔力が混入しているらしい。


 だとすればただでさえ雲に近い高さに積み上げられていた面倒臭さが、いよいよ雲を突き抜けるレベルにまで達することになる。


 部外に居ながらキンシは、だらりとため息をつきそうになった。

 まだ欠片の面識もない魔法使いの呆れなど露知らず、少年の怒りは止まることを知らない。


「なんじゃい、おめえよおテメエよお。人様に迷惑かけたらお謝りなさいってママ殿に教えてもらわなかったんかあ、おおん?僕チャンよお」


 地方出身なのだろうか、少年は聞き慣れぬ抑揚で話している。


「それもそうだろうよなあ、こんな真昼間から酒くらっとるアホんだらが、まともくさった礼儀作法を知っているわけあらへんもなあ」


 言葉が終わるより先に、「これはヤバいな」とキンシ達は察知した。

 少年は整合性を失いかけている。


 整えられていない感情によって引き起こされる喧嘩は、あらゆる立場場面を超えて、碌なことにならない。


 魔法使いたちはそのことをよく理解している生き物で、だからこそこの場から逃げたいなと、他人行儀に思った。


「んるる」


 キンシは喉の奥を鳴らし、逃亡の計画を練ろうとする。

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