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体液を浴びるなら手を洗いましょう

期待は外れた、

 それ以上の言葉など期待しておらず、それはこの場にいる人間がそれとなく思ってもいる事であった。

 

 だからシグレは次々と、満を持して進軍してきた敵陣に炎の矢を放つがごとく、自らが望むことを若い人間たちに伝えていった。


「ソうだねそうだね、セっかくだから君たちに頼むのも悪くないかもしれない。イや、ムしろそれはとてもいいコトかもしれない。ソうとなれば早速───」


「あ、あのっ」


 またしてもそれは自分のものなのだろうか、とルーフは淡い期待を抱いたが、しかしやはりそれは事実にはならない。

 

 疑問の声を発したのはメイであった。


「シグレさん……」


「オおっと」


 だが問いかけられる、されようとしていた相手は彼女の言葉を頭から遮っていく。


「シグレさんだなんて、カた苦しい呼び方はよしてくれ。ワタシのことは気軽にシグレ、トでも呼んでくれ」


「え、ええ……?」


 目の前の男性の、脈絡のない馴れ馴れしさにメイは戸惑う。


「ナんならシグーとか、シっちゃんとかでも」


「わかりました、……えーと、シグレ、ちゃん……」


 しかしこれ以上の要求も面倒と、そう言うことにしてメイは男性の意見を無理やり受け入れる。


 シグレは軽く満足げに数回頷くと、今度こそさっそく「頼みたい事」を兄妹達に向かって言い始める。


「餅があるんだよ」


「餅」 


 唐突に登場した食品の名前、思わずルーフはその言葉を白々しく繰り返す。


 シグレはようやくといった感じで、ここに来た本来の目的を語っていく。


「トある素敵な、ソれはそれはとてもとても、シん頼のおける間柄を築いていると思わしき知り合いから、モちをものすごく貰い受けたんだよね。ソれはもう山ほどに、タく山に」


 若干と言うのかだいぶと言うのか、所々に抑揚の違和感を抱きつつもルーフはとりあえず黙ってシグレの言葉を聞き続けた。


「オいしい、ナんにも入れられていない、シろいもち米を百%に使ったモチモチのお餅なんだけれど。カずが多すぎるんだよ、ソれこそ160サイズに白色がもっちり、ビッシリと敷き詰められるぐらいに」


 ルーフは想像した、一般的サイズの段ボール箱中に敷き詰められたペースト状のもち米を。

 考えるだけで喉の奥が詰まって呼吸困難に陥りそうだった。


「トう然のことながら僕にそんなのが食べ切れるわけがなくて、ジつのところここ最近はずっと餅ばかり食べていてさ。ナんか、ワらえるよね、パン屋がもち米ばっかり食べているのって」


「う、うーん………?」


 これは自分の声であると今度はすぐに自覚できた。

 そうであるから故に、ルーフは何を言うべきなのか答えが見つけられなかった。


 彼の迷いに構うことなく、そもそも相手をするそぶりもなかったのだが、シグレは勝手に文章を締めくくる。


「ソういう訳だからさ、コのまま私が小麦よりももち米に心が移ろうよりも先に、マだ余っているお餅を誰かに押し付けようと思ってさ」


「なるほど、ね」


 来訪の意図が理解できた名は、しかしそこでふと気になる点を思いつく。


「でも、そうだとすると、おもちはどこにあるのでしょうか?」


 彼女の指摘でルーフも同様の疑問点に気付いた。

 確かにシグレはその体に荷物を、段ボールらしきものを携えているようには見えないし、また扉を潜って来た際に、そういった物体を引きずる音も確認できていなかった。


 そもそもシグレのような小さな体で、言葉のとおり大量の食品を運搬できるのかどうか。まずそこから疑わしいことでもある。


 兄妹達の疑惑を察したのか、シグレは白い顔面を意味ありげに揺らす。


「アあ、ゲん物のことなら大丈夫だよ、ちゃんとここに。あーん!」


 そしてシグレは白い顔にあるのっぺりとした口を大きく開いた。


「ウうううう、ウ、ウううえええ!」


「うわっ?」


 ルーフは一瞬シグレの顔面がそのまま、まさしくつきたてのあれと同じく伸びて、膨張し爆発するのではないか。

 もしそうなったならば彼の体液は何色をしているのだろうか、肉の色は自分たちと同じ赤色なのだろうか、緑色とか紫キャベツ色だったら面白そうだな。


 といった感じの事をかんがえようとして、しかしルーフは思いとどまる。

 

 自分の思考のナンセンスにあきれたのではなく、もちろんいずれはそう思っていたにしても、そうなるよりも先にシグレの顔面は元のサイズに逆戻りしつつあった。


「オーうえー、ッと」


 なんとも間の抜けた、そうとしか聞こえない音の後。むくむくと縮小する体を振動させてながら、シグレは僅かにえずいて地面にあるものを吐き出した。


 それは段ボール箱であった。Tシャツなら三十着以上、パソコンを収めるには心許ない、なんとも当たり前でルーフにも、おそらくこの灰笛にいる人間ならばその大体が広く認知しているであろう。

 なんともつまらない、何の変哲もない形状の段ボール箱。


 それが地面に転がっていた。ちょうどシグレの顔面の下辺りに、彼が身を屈めて唇を寄せた地面の辺りに、その箱はさも当たり前のように存在していた。


「コのなかに必要な物を出来る限り詰め込んだ」


 口の中から、顔の中から、体の内部から異物を、自分の体とそう大して変わらぬサイズの物体を吐き出した生き物は、一切何事もなかったようにその異物を、紙製の箱を指し示す。


「チょっと重いけれど、オとこならこれくらい楽勝だろ?」


 そしてすっかり元の形に戻った顔面で、サンショウウオの体が呆気にとられている少年に爬虫類的可愛らしさのある微笑みを、ニッコリと向けてきた。


しかし上手くいかないから面白いのです。

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