灰笛続き 1月13日 1つ 1402 魚は予言することは出来ない
ラクは誰にも遠慮することなく、当人にとって当然の権利であることを主張するかのように、キンシに向けてお叱りの言葉を発していた。
「びっくりどっきりメカだっての。まさかなんの工夫もせずにゴリ押しするとはなあ」
ラクは麦茶のような色の瞳の奥へ、今しがたの信じ難い光景をプレイバックしている。
「前途有望な若人にこんな失礼な質問をするのはとても気が引けるが……」
ラクは親切に前置きを用意してくれている。
「キンシ、お前って実はものすごーく馬鹿なのか?」
発した言葉についてラクはまだ確信を得られないままに、もっと相応しい表現があるのではないかと、ウンウンと喉元を唸らせている。
「あるいは……めちゃくちゃバカなんだろうなあ……」
「同じ意味ですね……」
自分についての評価をキンシは聞いている。
酷評も酷評、かなりこき下ろされている。
だが不思議とキンシはあまり傷ついている様子は無いようだった。
「んるるぅー……」
それどころかむしろ、どこかすっきりとした趣きさえ傾けさせている。
「なにカタルシスってんだよ、まったく」
ラクはキンシの体を後ろから抱きしめるような格好をしている。
「ありがとうございます、ラクさん」
ほんの少しばかり冷静さを取り戻したキンシがラクに礼を伝えている。
「飛び散った破片から僕をかばってくださり、まこと感謝の限りでございます」
感謝の念を向けられている。
しかしラクの表情はキンシとは相対的に暗澹とした気配を多く含んだままだった。
「礼なんか言っている場合じゃないだろ。大丈夫か? 目とかに破片は……」
ラクはキンシの眼のことを気にかけようとして、ふと考えを改めている。
「……ああ、でも眼鏡があるから目ン玉自体は無事か」
再認識の後、ラクは視線をキンシの手元に移動させている。
車両を一台ほど破壊するのに十分な重さの魔力を放った指先。
ラクは少女の指が傷ついていないか、手早く確認をしようとしていた。
見て、そして彼は気づく。
「うわあ、だいぶ悲惨なことになってるな」
ラクは判断をする。
キンシの左の指、左の手について区別する。
普通かそうでないか、選ぶとしたら後者の方であった。
ラクが見つめている。
魔法使いモドキの少女の左手は、すでにほとんど人間らしい皮膚を喪失してしまっていた。
五本の爪の先から手首より少しだけ腕に伸びる方向は、すっぽりまるごと黒水晶のような暗闇に染まりきっていた。
夜目遠目傘の内、であるのならば黒色の軍手でも身に着けているかのように見えなくもない。
しかし夢は見られそうになかった。
黒水晶はしっかりと少女の肉体、皮膚に密着している。
一部分としか言いようのない。
症状と呼べるであろうそれはむしろ鉱物を十二歳程度の少女の手の形に彫刻したものであると、そう表現したほうがよっぽど相応しいと言えた。
「ひどいな、それ」
ラクは顔をしかめていたが、しかし表情の変化をキンシが確認することは出来なかった。
「それ、とはどれのことです?」
何のことを言われたかわからないキンシは、フードの布の舌で三角の耳を小さく傾けている。
魔法使いモドキの少女の疑問点を放置したままで、ラクはすでに知っている現象について考える、認識を深めようとしている。
「膚断ちの呪いか……。そこまでの深度となると、そりゃあ多少魔力の運用方法が分からなくても仕方なし、致し方なし、か」
なにやら勝手に判断をされそうになっている。
「いやすまない、失礼なことを言ってしまったな」
「……んる」
どうして謝られる必要があるのか、ラクは魔法使いモドキ少女の返事を待つことなく話題を次へと移そうとしていた。
「しかしそれにしても、あれだけの重さを持つ魔力に耐えきれるとは、ずいぶんと優れた武器を持っているんだな」
「武器、ですか?」
疑問点が解消されないままに、キンシは腹部から胸部にかけてエレベーターが下に向かった際の瞬間のような、うずうずとした無重力感を抱えている。
「ちょいと失礼」
キンシがぼんやりとしているあいだに、ラクは少女の背中側からするりと手を伸ばしている。
「あ」
驚いて切るキンシを放置して、ラクは彼女の手元から万年筆を奪い取ってしまっていた。
「ふむ?」
蓋の無い一本を手の中に得る。
魔法少女にとっての武器になるモノ。
一品はしかしてラクにとっては所詮ただのペンでしかなかった。
「なるほど」
ペン一本分の重さだけを持つ。
ラクは文房具を少し上に掲げ、ひとこと叫んでみた。
「レリーズ! とか言ってみたり」
「……」
…………。
「…………」
無言の一時。
ヒトビトの視線がラクに集められる。
「さて、と」
ラクはぽすり、とペンをキンシのもとに反している。
「ところで俺の車がさらに……──」
「しれっと流さないでください、何だったんですか今の?」
キンシがやたらと興奮気味にラクへ視線を向けている。
「知ってます、僕知ってますよ! それって有名なマンガのキメ台詞ですよねっ!」
魔法少女はふくふくと鼻の穴をふくらませている。
興奮させてしまった。
ラクは少しだけ後悔しているらしかった。




