灰笛続き 1月11日 2つ 1400 魔法使い的少女の第三章続き 人魚注意報
「とりあえずここじゃ落ちつかないから、もうちょっとマシなところで話そうぜ?」
「落ちつく場所……」
人魚? にしか見えない男性からの提案にキンシはぐるぐると考えを巡らせている。
「ああ、図書館ならすぐにご紹介できますよ」
「なんでだよ、読書に励む場合じゃなかろうよ」
人魚……なのかもしれない男性が分かりやすく異物なる存在を見るような視線をキンシに送っている。
「あ、じゃあ映画館はいかがでしょう?」
しかし人魚、としか呼びようのない姿の男性からの拒絶などまるでお構いなしにキンシは持論を展開させ続けている。
「それも嫌とおっしゃいますならば……──」
キンシは子猫のような聴覚器官をピコピコと動かし、鼻の穴をムズムズと膨らませている。
「あ! 水族館はいかがでしょう?」
「「いかがでしょう」って……」
人魚(ああまさに人魚!)の男性は魔法使い(?)の少女に対する諦観を最果ての海原にまで到達させつつあった。
「どういうことだよ知らねえよそんな事……」
「だってほら」
キンシはお姫様抱っこをしている男性に少し顔を近付ける。
「この下半身であれば、きっと巨大アクアリウムを優雅に泳ぐことができましょう?」
「大ジャンプをかまして輪っかくぐりでもしろってか」
男性はもはや魔法少女の言葉をただの面白おかしいミュージックとしてしか受け付けない、そんなレベルにまで至りつつあった。
これはいけない、とメイはキンシにそっと耳打ちをしている。
「キンシちゃん、彼はきっと空のうえじゃなくて地面のうえに戻りたがっているのよ」
「ああ、なんだ」
魔女からの補足にキンシはあっさりと納得を獲得していた。
「落ちたいなら落ちたいって、そうおっしゃって下さったらいいのにぃー」
こいつは愉快!
とでも言いそうな快活なる視線をキンシから向けられている男性。
「割と分かりやすく言ったつもりだったんだけどなー……」
男性の方はもう好きにしてくれ、といった風に人魚の尾ひれをダラリと下げていた。
…………。
ややあって。
「俺の名前? そんなの聞いてどうする……。……って、回りくどいことはいらないか。
俺の名前はラク。チアキ・ラクだ」
「ほうほう」
彼、ラクの名前を知った。
キンシは新しい情報にキラキラと瞳を輝かせている。
「素敵なお名前です!」
「そうかあ?」
ラクは未だに疑問の視点をキンシに向けたままになっている。
「まあ、社交辞令でもなんでも、嬉しい言葉、光栄な賞賛として受け取っておくよ」
ラクは首元をポリポリと指の爪で掻いている。
「しかしそれにしたって、色々とおかしいところだらけだ」
彼は人魚のヒレをパタパタとはためかせて、雨に濡れたアスファルトに小さく水しぶきをあげている。
「俺はいまから「病院」に向かおうとして車を運転させていたんだが? しかしどうして今、大事な車のテールランプが粉々に破壊されているんだか」
ラクはテールランプの方へと手を伸ばしている。
彼が乗車していた車の後方あたりに立っている。
道の片隅に彼らはいったん車を停留させているのであった。
ラクはため息交じりに割れたランプを撫でている。
「こんだけガラガラなら、片隅っこに寄せなくても道の真ん中にドカーンと違法駐車しても別にエエ気がするんだが?」
ラクの提案にキンシがとても分かりやすく顔をしかめている。
「そんな事を為さってはなりませんよ! 交通ルールは遵守すべきなのです!」
「キンシちゃん!」キンシの主張にメイが羽毛をブワワ! と膨らませている。
「すごいわね、狙い澄ましたかのように、説得力がケツラクしすぎているわ」
メイはギュ……とキンシの右足を優しく慈しむように抱きしめている。
「えへへ……そうですかね?」
キンシは魔女のふーかふーかとした羽毛の感触をこころゆくまで堪能している。
和気あいあいとしている乙女たちを見ていた。
「感心してる場合じゃねェだろうよ……」
ラクは感情をうまく探せられないでいるらしかった。
「どうすんだよこれ……」
魔女の羽毛が太ももの辺りから離れていく。
ぬくぬくとした温度の喪失。
そこからキンシも自体の深刻さを再確認しようとしていた。
「どうしましょう……今すぐにでも修復作業を行わないといけないというのに……」
ラクがテールランプから視線を移し、キンシの様子をうかがっている。
「えっと? キンシさんだったか?」
キンシに簡単な確認をする。
「僕の名前に敬称はいりませんよ」
ラクは少女の提案を受け入れた。
「じゃあキンシで。お前さんは魔法使いなんだろ? だったら魔法か何かしらで今すぐに、破損したランプのひとつやふたつ再生してくれやしないだろうか」
ラクはそこでキンシに少し期待をしている。
砂の一粒ほどにわずか、ポジティブなこころを差し向けられた。
「……」
しかしキンシの表情は秒を跨ぐほどに陰りを増やすばかりだった。
「……んぐるる」
「どした?」
分かりやすい。
いささかハッキリくっきりしすぎている、魔法少女の感情表現にラクの方がむしろ不安感を抱きそうになっていた。
「あの、無理な難題だったら別に……──」
「そんなことはございません!」
ラクの温情を、憐れ魔法少女は無下にしてしまっているのであった。




