灰笛続き 1月11日 1つ 1399 魚肉と男性の下半身は焼いて食べよう
「ぎゃああ?!」
いきなり耳元で叫ばれてしまった。
鼓膜にビリビリと害をなす少女の声に、男性は自然反応として顔をしかめていた。
「いきなり耳元で大きな声……──」
男性はおそらく? 魔法使いと思わしき存在である少女へ、至極真っ当なる注意喚起を行おうとした。
しかし悲しいかな、彼の声は少女に届くことは無かった。
「大丈夫でございますかっ?!」
少女はまるでやまびこでも起こそうとするかのごとき声量を発しに発しまくっている。
ひとえに男性の無事を確認するためのこころ遣いであった。
「く、くくく……! 首、首、首ぃぃい?! 首の矢が、矢があぁぁー!」
しかしながらどうしてか、どうしようもなく悲劇的に、魔法少女の憂慮はむしろ状況をさらに悪化させるものでしか無いようだった。
「うわあ……」
少女に抱きかかえられたままで、大人の男性は彼女の猪突猛進っぷりへ早々にドン引き、そこそこに強めの嫌悪感をあらわにしてしまっている。
「俺の話全然聞いてねえよこのガキ……」
状況が膠着しかけた。
そんな時。
「キンシちゃん」
救いの天使のように落ち着きはらった声音が名前を呼ばれた少女、キンシの頭上から雨水とともに振り落ちてきていた。
「んるる?」
彼女の声を聞いた途端にキンシは一旦は落ちつき、冷静さや平常心らしきものを取り戻そうとしている。
「メイお嬢さん」
キンシに名前を呼ばれている。
男性はキンシの腕の中にて、ふんわりと舞い降りてくる幼女の姿を見上げていた。
バサりバサバサ。翼がはためく、空気をはらんで飛び上がる気配が音色と共に鼓膜へ届けられている。
春日、と呼称される鳥類の生物的特徴を多く肉体に宿した種族。
広い意味ではこの世界に生息するニンゲンの一種。
もう少しこと細かに語れば鳥の魔物族の一部分ということになる。
なるほどたしかに、メイと呼ばれた彼女は腰回りへ春日がもつ、特有の魔力の翼をひらめかせていた。
「だいじょうぶかしら?」
メイは主にキンシを対象に、もののついでといった様子で少女の腕に抱えられている男性のことを心配しようとしているらしかった。
目が覚めるような白色の翼。
冬の朝、新鮮な青空の下にきらめく新雪のような輝きを放っている。
「なんだあ……?」
腕の中の彼は魔法使いらしき少女に抱きかかえられたままで、舞い降りてくる別の彼女のことを眩しそうに見上げている。
「俺の首を討った天使が舞い降りてきている」
「ざんねんだけど、私は天使なんかじゃないわ」
メイは男性のうわごとを軽やかに否定している。
「だったらなんだよ? 俺の首をいきなり矢で撃ちやがった魔女さんよ」
「それにしても、さすがねキンシちゃん」
メイは男性のことを無視していた。
存在を直接的に否定しながら、メイはまずもって与えるべき賞賛をキンシに向けて贈っていた。
「道を走るだけで富を獲得できるなんて、やっぱり魔法使いさんって言うのはトクベツ、なのね」
しかしながらキンシにとっては、魔女の称賛の理由がまったくもって理解できていないままだった。
「メイお嬢さん? はて、一体全体何のことをおっしゃっているのです? 僕は別に、儲けなんてひとかけらも手にしては……──」
「あら、ちがうの?」
魔法使いモドキの少女がすべての疑問点を言葉にするよりも先。
メイは明確なる答えについて、手元にてあらわにしようとしていた。
「だってほら」
魔力でこしらえた翼を羽ばたかせる。
メイは優雅にキンシのもとへ降り立ち、清流を流れる冷たい水ような滑らかさで男性のスカートを手でめくっていた。
「んぎゃっ?!」
白色の羽毛を持つ魔女の脈絡のない行動にキンシはギョッと目を剥いている。
「め、めめめ、メイお嬢さん?! 先ほどから意味不明な行動が多すぎます!
な、なんてハレンチな……っ!」
「……野郎の下半身ごときに鼻息を荒くするもんじゃないぜ? えーっと」
身に着けているロングスカートを腹の辺りまでめくり上げられた男性が、キンシに対して呆れ果てた声を発している。
「キンシ、って言うのか。……なんかあんまイメージ繋げにくい名前だなあ……」
ともあれ、男性は先んじてキンシに行動すべき内容を提案している。
「なるほどたしかに、俺を攻撃したこと自体は、まあ、間違っちゃいないよ」
「んええ? そんなまさか」
キンシが否定しようとしたのを男性がすぐに止めている。
「分からないなら、分かるまで。いくらでもその「眼」で見ればいいさ」
彼は少しばかり諦めたようにしている。
諦観のなかで、しかして彼は魔法少女の左眼、魔力鉱物でこしらえた義眼に真実を求めているようだった。
「んるる?」
キンシはようやく秘められていたものを見ようとした。
見つけた、スカートの中身には人間の、「人間」らしい足は存在していなかった。
「これは……なんということでしょう……!」
キンシは腕の中にある物体を凝視する。
彼のスカートの中身、そこにはおよそ人間のそれとは思えない形状をした器官がある。
「人魚!」
それはまさしく魚、としか表しようのない形であった。




