灰笛続き 1月8日 2つ 1396 木枯らしとともに空腹がやって来る
音が鳴る。
鳴り響いたそれは弓の弦が激しく弾かれる音色だった。
スパァン!
雨に冷えた空気に高く鳴る、音はまさに攻撃に等しい意思の強さを持っている。
と、そこまでならばキンシにもそれとなく理解することが出来ていた。
問題なのは、問題にすべきなのは次の段階、もっと核心に迫った問題点についてである。
カツーン……! と硬くて細いものが、別の硬くて大きいものに刺さる音がしていた。
それはメイの撃った白い矢が前方にいる車の近く、付近を構成している空間に刺さった結果の音色だった。
「メイお嬢さん……?」
さて、訳が分からないのはキンシが約一名であった。
「な、んななな、な……なにを……?」
キンシが動揺しきっている。
魔法使い……の為りそこないなモドキの少女の理解力を置いてけぼりにしたままで、メイは続きの矢をつがえようとしていた。
メイはすこし呼吸をする。
息を止めて気合を入れる。
高めた集中力と共に弓を引いて、放つ。
弦の音色は高く鳴る。
白色の矢は冬の朝にきらめくつららのように冴えている。
もう一発放ったそれはまた同じ場所。
つまりは車本体では無く、存在を世界に固定する空間に突き刺さっていた。
「命中おみごと!」
ツナヲが車内からキャッキャうふふと若々しい歓声をあげている。
「なるほど、本体の車を狙わずに魔術式を構成する周辺の空間の固定を狙って矢を放つ、なるほどなるほど」
「一気にご説明ありがとうございます?!」
キンシはまずツナヲに礼を伝えておいた。
矢継ぎ早と言えばあまりにも状況に則しすぎている。
と自発的なツッコミをする余分も余裕もないままに、キンシは急ぎメイの動きを抑制しようとしていた。
「ちょちょちょちょい! お嬢さん?! なにを為さっているのです?」
「なにって」
魔法使いモドキの少女から問いかけられた。
メイはすぐに質問に答えている。
「矢文を飛ばしているのよ」
実に簡潔な解答であった。
「矢に魔力と情報をたっぷりと込めて、こっちがわの謝罪の意をていねいにお伝えしなくちゃ。って、そう思ったの」
「は、はあ……」
あまりのシンプルさ具合にキンシはついつい簡略的に納得をすませてしまいそうになる。
「い、いやいやいや……?」
許容と諦めの川流れに身を委ねかけそうになる。
その寸前でキンシは体のなかに強く緊張感をみなぎらせていた。
「直接お渡しすればよいだけの話では?! どうしてわざわざ矢に飛ばして伝達などという、回りくどい上に危険を伴う方法を選ぶのです?」
「あら」
メイは弓を左手に構えたままですこしだけ驚いている。
「めずらしく、キンシちゃんにしてみればマトモな意見ね」
しれっとかなり失礼な物言いをされている。
しかしキンシ本人においては、魔女の嫌味という言葉の存在自体に気付くことは無かった。
「でしたら今すぐにでも、そちらの方法に変更するおつもりは……──」
「無いわ」
魔法使いモドキの少女の提案をメイはさらりと拒否していた。
あまりにも、あまりにもな自然体具合についキンシは、
「あ、はい……そうでございますか……」
と魔女の事態を受け入れてしまいそうになる。
思うところによれば段階を一旦でも踏んでしまったことが、少なからず魔法使いモドキ少女にとっては失態と呼べる一手だったと想像できてしまえる。
「……って! では無くて、お止めください今すぐに! メイお嬢さん?!」
キンシが気を取りなおしたところで、いよいよ「向こう側」に変化が訪れようとしていた。
「あら?」
悪びれることもなくどこまでも果てしなく自然体のままでメイは次の矢をつがえようとしていた。
しかし行動に移る前に、彼女の熟れたリンゴのように紅い瞳に前方の車の様子が映し出されている。
「扉がひらいたわ」
「んるえ?」
メイが弓を構えたままで、魔法少女へ前方を確認することを推奨している。
キンシはなるべく子細に光景をそこに含まれている情報を収集するために、メイと同じように運転席の窓から少しだけ顔をのぞかせている。
雨の気配をたっぷり含んだ灰笛の都市の空気。
町並みを構成する空間に支えられている。
空を飛べる機能を含んだ魔術式を搭載した車両。
運転席。
鉄の国(彼らが暮らしている文化圏の名前のこと)における交通ルール、あらゆる規則において比較的正しく遵守すべき物事の数々。
それらに則ったうえで運転席が設置される側、右側の扉がパッカリとあいていた。
解放された中身、そこからロングスカートの裾がふんわりとひらめいていた。
「あら」
メイはすこし驚いたように目を見開いた。
そしてすぐに元の丸く美しく均等がとれた形を取りもどしている。
「なんてステキなスカートなんでしょう」
メイが、白色の羽毛を自慢に思う美しき幼女な魔女が、妙にめずらしく素直に他人のことを賞賛している。
「んるる?」
キンシは気になって凝視する。
眼鏡の位置を調整しながら、視界に写る情報を頭のなかで少しだけ整理する。
「あれれ……?」
違和感に気付いたところで、しかし得られた情報を唇の内側で吟味する暇もなく、事態は次々と変化しているばかりであった。




