灰笛続き 1月8日 1つ 1395 君は君のままで素敵に世界を守れる
「なにをしているか、ですって」
メイはくすくすと笑っていた。
笑いながらキンシからの質問文を口の中で反芻するようにしている。
なにがそんなにも、可笑しいというのだろう?
「キンシ」という名前の魔法使い……モドキの少女は疑問を抱かずにはいられないでいる。
しかしメイ本人に不満を抱こうとするこころの方向性と、実際に眼球が今この瞬間、リアルタイムに収集し続けている情報を整理する。
精神と肉体、それぞれが正しい方角にて自らに課せられた機能を順守している。
キンシは自分自身に正しく機能する器官の合間に板挟みになっていた。
「風が気持ちいいわ」
メイがそのようなことを言っている。
台詞自体、シチュエーションとしてはまったくもっておかしくはなかった。
むしろ先ほどまでの状態、つまりは空を飛べる魔術式を組み込んだ車両の助手席に大人しく座っている状態であれば、そのセリフはいささか違和感がありすぎていると思える。
なんと言ってもメイは車の外側に身を乗りだしている。
おおきく、かなりおおきくはみ出させている。
ちょうどキンシが間違えて開放してしまった助手席側の窓、開け放たれた部分からメイは簡単に身を半分以上露出しているのである。
十二歳(程度)と七歳(推定)ではやはりだいぶ差があるらしい。
メイはあともう少しで完全に車の外側に肉体を開放しきると言った領域にまで達しようとしていた。
「あ、ああ、あ……!」
しかるべき注釈を入れようとして、キンシはまずもってどうしようもないほどに舌の活動を凝らせてしまっている。
「あ、危ないですよ、メイお嬢さん! 危険ですので、なので、……えっと」
やっとのことで警告のための文章を舌の上に紡ぎあげたところで、しかしてメイの方はすでに魔法使いモドキな少女への反論をやすやすと用意してしまっている。
「だいじょうぶよ、キンシちゃん。シートベルトがいい感じにからまっているから、このまま灰笛さんのかたい地面にまっさかさま、ってことにはならないはずよ」
なるほどたしかに彼女の言うとおりである。
メイの体は暗色を基調とした安全用のベルトによって固定されていた。
ベルトは腹の辺りから太ももにかけてこんがらがっている。
本来ならば事故を起こした際に車内に生じた引力やら衝撃波から身を守るために存在している器具。
実際のところベルト自体は最初から最後、つまりは現在に至るまで己の機能を正しく守り続けているにすぎなかった。
ただ守るべき対象が今のところは落下防止のために、本来の用途とはおおきくズレた方向へと進もうとしているだけなのである。
さて、メイはそうまでしてなにを車窓の外側に求めようとしているか。
そのあたりの事情についても、メイはすぐにキンシたちにそれなりに分かりやすい目印を付けて表現しようとしているだけであった。
「すぅ、はぁ」
すこしだけ呼吸をする。
メイの口の中に世界を構成する空気が取りこまれる。
白色のふーかふーかとした羽毛の内側、瑞々しい鳥の肌の内側、肉の合間の内層に流れる血液に要素が取りこまれる。
魔法の武器が現れた。
武器の姿は二本の編み針だった。
とても良くしなるであろう竹製の編み針。
毛糸を使ってマフラーを編むのにそれはもう、とてもとても丁度が良さそうな針が二本。
「あら?」
メイがすこし恥ずかしそうにしている。
「どうしてかしら? うまく武器の形になってくれないわね」
彼女の困惑にアドバイスをしているのはツナヲという名の老人がひとり。
「たぶんまだちゃんと呼ぶための「名前」を設定していないからじゃないかね?」
武器に意味を附属させるための「名前」。
「まあ、あとで考えればいいんじゃないかな?」ツナヲは穏やかな声でメイに提案をしている。
「なんてったって君は魔女なんだ。あらゆる物事においても、魔女というのは契約を最も得意とする魔的存在、魔物族の一種なんだからね」
ツナヲがスラスラと魔女についての解説をしている。
そのあいだにメイは手早く問題の解決をほとんど自分自身の力だけで検索し終えていた。
「よいしょっと」
小さな掛け声。
それと共にまたメイの手元に魔力の気配が漂った。
ひゅうひゅう、と、笛の音色のような気配。
ほのかに甘い香りがする。
クンクンと、トゥーイの敏感な鼻腔に白色の羽毛を持つ魔女の魔力、エネルギーの一種が感じとられていた。
幾ばかりかの工夫ののち、メイの手元にようやく一振りの武器が握りしめられている。
武器については、いわゆるところの和弓にとてもよく類似した形状を持っていた。
遠距離攻撃に適している形状。
適合の可能性だけに限定されていない、メイは実際に機能を現実において実行しようとしていた。
素早く胸元に手を触れ合せ、羽根を一枚抜き取る。
シャツの袖に腕を通すような自然さの途中、メイは自らの羽根をいっぽんの白い矢へと変身させていた。
矢をつがえ、素早く弦を引き、そして放つ。
一本目の行動を起こすまでは、それはもう実に素早く滑らか。
まるで雪がヒトの熱に溶かされて水滴になるような自然体であった。
続けて音が鳴る。
 




