灰笛続き 1月7日 1394 嘘つきは窓の外にいっぱい居る
ウイィィィィイイイイイーーーーーーーーンンンィィィイイイ…………。
妙に間延びしたように聞こえるのは、もしかすると魔法使いモドキの少女の精神状態が深く関係してきているのかもしれなかった。
「キンシちゃん」
魔法使いモドキな少女の左隣、運転席に座るメイが少女に語りかけてきている。
メイは鳥の魔物族、獣人族特有の柔らかい羽毛、雪の結晶のように繊細で白い綿毛たちをシュン、としぼませている。
「こっちだと、逆の窓だから、エリーゼさんの声はずっと届かないままよ?」
「んるえ?」
メイが指摘しているとおり、キンシは本来要求されたはずの方角とは別の場所の窓を開けていた。
「……こっちだってー……こっちー……」
キンシが座る運転席側の窓は依然として閉じられたままである。
窓の向こう、外側でエリーゼが逆さまの顔面でケタケタと笑っているのが見えた。
「うわわわっ……! すみません……!」
キンシは気を取りなおすとほぼ同時、相変わらず慌てた様子でもう片方の窓も開けようとしている。
窓の開閉用のボタンを押す。
ウイィィィィィィィィィイイイイイイーーーーーーンンンンンン…………。
先ほどとさして変わりのない音が聞こえる。
間延びしているように聞こえるのはうんぬんかんぬん。
しかし最初の解放よりは決定的に異なることがあった。
「開けてくれてありがとうー!
やっと自らの音声が正常に近しいレベルまで伝達されるようになった。
状況に安心しつつ、エリーゼは体を元の位置関係に戻そうとしている。
頭にのぼった血液に正しい流動を与えようとしている。
そんなさなか。
「お礼を伝えたところでさっそくだけどサヨウナラ~♪」
エリーゼが頭部の上下関係を元に戻しながら、この場面への退却を行おうとしているのであった。
「んるええ?!」
状況が何一つとして飲みこめていないキンシである。
とにもかくにも、魔法少女はまずもってエリーゼのことを呼び止めようとしていた。
「ちょ、ちょちょちょ……?! エリーゼさん?! どこに行こうとしているんですか?」
「どこって、古城に行って早いところ患者さんを収容しなくちゃいけないんだよー」
姿が見えなくなったエリーゼを追いかけるように、キンシは運転席から身を乗りだそうとしている。
途中シートベルトの結束力に窒息させられそうになりながら、キンシはどうにかしてエリーゼの姿を視界のなかに見つけ出していた。
「じゃあ、オサラバ~♪」
エリーゼは車の天井部分から今まさに飛び立とうとしているところだった。
彼女の背中に魔力の気配が漂う。
またたく間にエリーゼの背中に美しい翅が発現していた。
昆虫類が進化の果てに獲得したキチン質の薄い膜のような透明度。
翅脈は翅の膜にまんべんなく振り分けられ、繊細な二枚をそれぞれへしっかりと魔力を巡らせている。
「どこに行こうというのです」
キンシは分かりきっている内容を再び問わずにはいられないでいる。
エリーゼは、彼女は古城に属ずる魔術師である。
であればこそ、この若い女性の魔術師は自らの職場に舞い戻ろうとしている。
ただそれだけのことに過ぎなかった。
「それにー」
エリーゼは、古城の魔術師としての経験から得た直感をキンシに伝えてきている。
「なんだか、まるで「魔術師」を避けているような気がするんだよねー」
エリーゼの視線はずっと前方に固定されたままになっている。
視線を交わさずとも魔術師は自分に「警戒すべし」という旨を伝えようとしてきている。
ということだけがキンシに理解できた内容であった。
「ということだから、今回はキミたちだけで状況を解決してみてごらんなさいってカンジー?」
最後の一文、命令文のようなものに関してはキンシに向けたものというより、少女を取り巻く環境に向けられたもののように思われた。
「それじゃあ、がんばってねー♪」
魔法少女を助けられるものなら、どうにかこうにか、なんとしてでも助けてみろ。
と、実際に言われたわけでは無いにしても、キンシの隣に座るメイは自らの属性、魔女として生きる自分自身に覚悟と決意を言い聞かせようとした。
「ああ! エリーゼさーん!」
キンシが身を乗りだして魔術師の彼女のことを追いかけようとした。
「あきらめなさい、キンシちゃん」
名残惜しむような気配すら感じさせる魔法少女に、メイは冷静かつ冷徹をすこし含めたアドバイスをしている。
「魔術師さんの手を借りず、罪は自分自身のちからだけで清算しなくちゃいけないのよね」
実にもっともらしいことを言っている。
キンシはメイのほうを見やる。
「メイお嬢さん?」
そして魔法少女は幼い見た目の魔女の行動に目を丸くしていた。
「な……なにを為さっているのです……?」
メイは車の外側に身を大きく乗り出しているのであった。
ちょうどつい先ほどまでのキンシと同じような状態になっている。
首だけには飽き足らず、体のほとんどを窓の外側へとはみ出させている。
自然発生的なものでは無く、キンシはすぐにメイの行動が彼女の能動的な選択によってなされているものであると、すぐに気付くことが出来ていた。




