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灰笛続き 1月6日 1393 嘘のままで済ましておきたいことばかり

 前方を走っていたはずの車はいつのまにやら三メートルほど離れた所まで前進していた。

 いや、してしまっていた、と表現したほうがより正しく状況を報告できていると言えるか。


「やあやあ、どう思うかね? ねえ、ルーフ君」


 ツナヲが隣にいる青年に問いかけている。

 彼の聴覚器官。

 野兎のように溌剌とした形状をもち、今すぐにでも晴れた空の下、草原を駆け抜けるのに丁度が良さそうな耳。


 ツナヲの聴覚器官はフワフワと揺れながらこの状況、この異常事態をこころの底から楽しんでいるような節がった。


「玉突きしたはずの車が怒ることもなく、かといって悲しみに暮れる訳でも無く、まずはこちら側と距離を置こうとしている」


 ツナヲという名の老齢に差し掛かりつつある男性は推理を巡らせようとしている。


「はて? まるでこっち側から逃げたがっているかのような、そんな気配さえ感じさせるよ」


 ツナヲは隣にいる青年に再び問いかける。


「どう思うかね? ねえ、トゥーイくんよ」


「…………」


 問いかけられたところでトゥーイにはどうしようもなかった。

 魔法使いの青年に答える言葉はほぼ確実に用意することが出来なかった。


「…………」


 トゥーイは困っていた。

 柴犬ような形状の聴覚器官はペタリ、と平たくなっている。

 

 見方によっては「ぼくを撫でてください」と主張しているようにも見えなくはない。

 浪音(ろうね)と呼ばれる獣の種族。とりわけ「山犬」と呼称された魔物族の血を色濃く発症させている。


 炊き立ての白米のようにハッキリとした白色の、今はどことなく不安の中に輪郭を曖昧にさせているような気配があった。


 そんな形状の青年は、無言のままに無為っぽい静けさだけを身体へと累積させるだけであった。

 

 何かを伝えようと唇を開く。


「あ……」


 しかし言葉が上手く出ない。

 なめらかに湿ってうねるはずの舌は凝る。

 途端に口内を中心とした肉の色々、あれやこれやがビリビリとした薄い電流に包まれてしまっている。

 

 ……ような気がしていた。

 症状はトゥーイにとってすでに既知のものである。


 しかし知っているからといって、それだけで全てに対応し切れる訳でも無かった。

 正直なところトゥーイはかなり焦っていた。


 まともに返事をすることも出来ないとなると、この老齢に差し掛かりつつあるベテランの魔法使いにさらに失望されてしまうのではなかろうか?


 危機感がトゥーイのうなじにじっとりとした汗をにじませる。


「…………」


 とはいえ表情はほとんど変わらない。

 言葉を発せられない状況というのは、トゥーイにとってはすでに慣れ親しんだ状況でしかなかった。


 ほとんど表情を動かさない。

 顔の筋肉を均等に保つことがトゥーイにとっての攻撃方法または自衛の方法であり、あるいは自滅へと導く毒素でもあった。

 

 画用紙の上に白色の絵の具だけを一筋描き加えたかのように、青年の表情の変化はごくごくわずか、非常に微々たるものでしかなかった。


 当然ツナヲにしてみれば無表情は無表情のままである。

 あれ? 聞こえなかったか? それとも無視をされのか? とツナヲが簡単な予想を抱こうとしている。


「だめよ、ツナヲさん」


 そのところでメイがツナヲに注意をしていた。


「トゥが困っちゃっているわ、あんまりむずかしいことはこの子には答えられないんだから」


「ああ、そうか」


 どうやら無視をされたわけでは無いと、ツナヲはメイの言葉から芋づる式に青年についての事実を再確認している。


「君はそういう誓約のもと、魔法使いになったんだったな」


 ツナヲがウンウンと頷いている。


 さて、一つ納得をしたところで。


「問題は何も解決されていないのですよ……」


 運転席に座るキンシが狼狽しきっている。


「どうしましょう……?! とと、と、トゥーイさん……!」


 あなたも俺に頼ろうとするのか。

 と、トゥーイは魔法使いモドキの少女に向けて失望しかける。


 青年が決定的な感情を獲得しようとする。

 それとほぼ同時、あるいは少し後のこと。


 窓の外からエリーゼの声が聞こえてきた。


「なんかー? アタシがいると状況が上手く進まないってカンジー。が、するよー」


 どこから声が聞こえるのだろう。


「んる?」


 キンシが耳をかたむけようとした。


「ちょっと離脱してみるー?!」


 少女がちょうど視線を向けた先、運転席の右側にある窓ガラスに女性一名分の顔面が登場してきていた。


「んぎゃっ!?」


 唐突に出現したように見える。

 上下が反対になっているエリーゼの顔面にキンシがびっくり仰天、毛髪をブワワ! と逆立てている。


「あれー? 聞こえないー?」


 声がやたらと小さく聞こえる。

 のは、エリーゼが窓ガラスの向こう側にいるからで、彼女は車の内部にいるキンシに窓を開けることを要求してきていた。


「ちょっとー……あけてよー……」


 どうやらエリーゼは車の天井に居座っていたらしい。


「え、えと……えっと……?」


 どうするべきか迷いに迷っているキンシ。

 慌てふためき、どうにかこうにかボタンを押す。


 運転手(名目上はそう呼ぶより他はない)の意向に従い、魔術式をたっぷり搭載した空を飛べる車が動作を起こしていた。


 稼働する、音が鳴る。

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