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灰笛続き 1月5日 1392 絶命の声は笛の根と共に

「メイお嬢さん、落ちついてください……!」


 メイの乱心っぷり。……少なくともキンシにしてみればそうとしか見えない状態。

 しかしながら魔法使いモドキの少女の動揺をよそに、メイはあくまでも落ち着きはらった様子で「殺害」の有無についてだけを語り続けている。


「ねえ、キンシちゃん。私はべつにあなたがここで人をひとり殺したってかまわない、むしろ嬉しいとさえおもえるのよ?」


 メイはまるで幼い子供に早寝早起きが三文ほどのおトクになることをじっくりゆっくり、しっとりと言い聞かせるようにしていた。


「すくなくとも私は、もう誰か、他人がひとり殺されたぐらいでどうのこうの、悩むことは無くなったつもりなのだけれど」


「そんな……どうしてなんですか……っ?」


 キンシは隣に座る、自分の左手にそっと手を重ね合せてきてくれている幼女の体温を肌に感じている。


 呪いの火傷によってほとんど「人間」らしい温みのある皮膚を失ってしまった左手。

 魔力は日常生活を送れる程度、言うならば比較的通常、日常生活を送れる程度に抑えている。

 左手はいま墨汁に浸かったかのように真っ黒になっている。


 そういえば今日は包帯も手袋もしていない。

 車の運転をするということで、キンシは身に強く緊張感と、そしてやる気をみなぎらせていたのであった。

 

 その結果がこの体たらくとなれば、確かに魔法使いモドキの少女が狼狽える理由もそれなりに納得できる。


 しかしそれはそれ、これはこれ。

 メイは丁寧に自分の気持ちを魔法少女に説いている。


「ハッキリ言ってしまえばお兄さまが人殺しをしたから、もう私は誰が誰を殺したくらいで動揺するつもりはないの」


「結局「彼」基準ですか……」


 キンシは眼鏡の奥の右目に失望の念をにじませている。

 「王様モドキの少年」がメイにとっての優先順位の第一位に座している。

 ということは今さら確認するまでもなく、他でも無くキンシ自身が強く自覚していることであった。


「そうよ」


 メイの、この幼い見た目の彼女にとっての世界は全て「お兄さま」を基準に回っているのである。


「私にとって、魔女として生きる私にとってこの世界はすべて私とお兄さま、あとはそれ以外なのよ」


 そこまで言いきるとむしろ不快感を抱くどころか爽快感さえ感じる。


 キンシは刃物で深く肉を切りつけたかのような感覚を胸に抱く。

 ひゅうひゅうと冷たい風がこころを撫でつけてくる。


 感覚の後に、キンシはもう一度直視すべき現実へと意識を戻そうとしている。


「そうでは無くて! 僕は罪を犯してしまったのですよっ!」


 キンシは両足を虚空に漂わせたままでハンドルから手を離し、両側の指でガシッと頭の毛髪を掴み取っている。


「大変です……大変です! 衝突事故です!」


 魔法少女がそう主張しているとおり、この状況は言い訳の使用もなく彼女に大きく過失があった。


「そうねえ、ぶつかっちゃったわね」


 メイもその頃になってようやく場面の危うさ、自陣が負うべき過失についてを考察し始めている。


「どうする? いまからでも裁判所の予約でもしておくべきかしら?」


 悲観的ではないものの、メイもそれなりの悲劇を待ち受けようとしているらしかった。


 しかし彼女らの動揺に冷静な一筆(いっぴつ)を書き加える声音が一つ、あった。


「落ちつきたまえ乙女ちゃんたちよ」


 キンシとメイが声のする方、車の後部座席に向けている。


 異国のタクシー風味の構造をしている車内。

 後部座席は前後でそれぞれ対面できるように座席が並んでいる。


 声がした方は座席の前方から。

 運転席に座るキンシの背後、野兎のように長く伸びる聴覚器官がゆったりと揺れている。


「ツナヲさん」


 兎のような耳を持つ老人の名前をキンシが呼んでいる。


 魔法少女の右目、眼鏡の奥の瞳が不安定に揺れている。

 震えを見つめながら、ツナヲはゆったりとした口調で魔法少女にアドバイスをしている。


「そんなに慌てなさんな。まだ罪を自覚するのには時期が早すぎるよ」


 しかしキンシはツナヲの言い分をうまく聞き取れないでいるらしかった。


「ですが……ですが……!」


 一回の失敗がどうにもこうにも、どうしてもキンシにとっては重要な問題であると、そう考えずにはいられない。

 考えたくて仕方が無いようだった。


「もう駄目です……! 耐えられません、誰か僕を殺してください……っ!!」


「悪いがそれは受け付けられないなあ」


 右目を涙でいっぱいにしようとしているキンシに、ツナヲは冷静沈着といった意見だけを述べ続けている。


「君にはまだまだ生きてもらわないといけないし、今のところ……──」


 言いかけた台詞を錠剤のように呑みこんだ。


「おや?」


 ツナヲは車の前方に視線を向けている。


「どうしたんだろうか?」


 ツナヲのオレンジのように明るい茶色の瞳が見つめている。


「んる?」


 キンシも彼が見ている方角に視点を移す。

 体を運転席が向かうべき方角に正してみる。

  

 見る。そこには車窓の向こう側の風景、間近に前方を走る車の姿は……。


「あれ?」


 無かった。

 キンシは一瞬自分自身の認識に誤りがあるのかもしれないと、あらためて記憶の内部を検索する。

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