灰笛続き 1月3日 2つ 1390 王様モドキ少年三章中断セーブ もぎれるのはリンゴだけでいい
「使えるか使えないか、その辺の事情については、変えられるのは俺自身だけだ」
何ごともまずは実際に使ってみないといけない。
上手くいくかどうかはもちろん大事で、しかし安心と安全を獲得するためにはそれなりに行動、実験を重ねないといけないのである。
「実戦、実験におつきあい願おう」
俺は上を見て、自分の体を怪物の方に推進させる。
右足の義足が俺の意思をくみ取り、正しく空を飛ぶ抱擁を付与してきてくれている。
ひゅうひゅうと空気が流れる。音を聞きながら俺は再び銃口を怪物の方に固定させる。
銃口を向けられた。
矮小で猥雑でありながら、確かにこの世界に存在している俺の殺意。
殺害の意識を受け取った、怪物が悲鳴のような声を発している。
「 からからから からからから からからから からからから 」
硬くて軽いものがアスファルトの上を転げまわる音。
軽快ささえ感じさせる音色はむしろ喜びに近しい気配すら感じさせた。
喜んでいるのか、悲しんでいるのか、その辺の事情については俺には分からない。
分かりっこなかった。
分からないままでいい、他人の気持ちなど知ったことではない。
俺はただ自分の考えた武器の形を実感するので精いっぱいであった。
銃口、そして魔力でこしらえた刃物切っ先を怪物に向ける。
呼吸を少し止める。
集中力は刃物と同じような鋭利さを帯び、鋭さを失わないうちに引き金を引く。
指先は軽く、右肩を起点とした全身に低く響く衝撃が走った。
火花の弾ける気配が弾丸に暴力的な推進力をもたらしていた。
開きかけた怪物の口の中へまた俺の撃った弾が炸裂していた。
開いていた口の中に異物が捩じりこまれている。
「 あぎゃ あああ あああ あああ あああ 」
弾丸を受け止めた怪物が悲鳴とも取れない、ただの呼吸の気配、単純な鳴き声だけを発していた。
言葉を発することも出来ない、相手はもはや求むべき相手に愛の言葉を紡ぐことすら不可能になってしまった。
成り果ててしまった、対象に向けて俺は刃物の切っ先を突きたてる。
狙うべくはもちろん口の中。
包丁のように整った形状の魔力の刃、青空のように鮮やかな刃物が怪物の咥内めがけて沈み込んでいった。
怪物の体を繋ぎとめていた魔力の杭は長ネギの用に立てに柔らかく裂かれ、ナイフの鋭さは怪物の下を真っ二つに切り裂いていた。
グニャグニャと柔らかいものが刃物を通じて俺の皮膚の表面へ感覚を伝えてくる。
筋肉の硬さは思いのほか柔らかすぎているような気がしてならなかった。
油断してしまっているのだろうか、無防備な柔和さが加害者であるはずの俺に罪悪感を持ち上げようとしてくる。
しかし一回行動してしまった。
後には引けない、奪ったものは取り戻せないし、奪ったという事実もすでに過去にのみ込まれてしまった。
後悔の冷たさを上塗りして隠すように、大量の血液が俺の腕を、顔や髪の毛を濡らしていった。
「殺ったか?!」
懇願するように叫んでいた。
開いた口の中に新しく怪物の赤い血液が流れ込んでくる。
舌で味を感じとる。
瞬間的に体が受け付けない味が俺の意識を埋め尽くそうとしてきた。
ポコリ。と空気が抜ける音がした。
血液が大量に流れ落ちる、液体の質量に俺の意識はそれ以上怪物に対する音の情報を集めることが困難になってしまっていた。
「ゼェ……ゼェ……」
とにかく相手の動き、活動の気配を中断させたということで、俺はひとまず安心をしたかった。
意識が途切れそうになる。
空を飛ぶことすらままならない状態になった所で。
「お疲れさま」
モアの声が俺の後ろから耳元へ流れ込んできていた。
俺の体を後ろから抱きかかえるようにしている。
「よく出来ました」
モアは俺の頭を「よしよし」と撫でていた。
「疲れたね、ゆっくり休んでもいいよ?」
ゆっくりと落ちていく。
気が付けば俺たちの体は廃墟の一階、これ以上は下に落ちることは無い地面に戻っていた。
「まだ……休むわけには……」
そうするわけにはいかないと、考えているのは紛れもなく俺の頭だった。
自分自身が強く望んでいる。
しかし俺の願い事は叶いそうにもなかった。
「無理しないでね。
だって、ほら」
モアが俺の右腕を後ろから舐めるように、滑るように触れてきている。
握りしめて、引っ張る。
それはまるでチョコレート菓子の包み紙を破り取るような気軽さでしかなかった。
熟れた林檎が風に流されて土の上に落ちる、腐るように、俺の左腕は連続性をほとんど失ってしまっている。
たったそれだけの力で、
ブチリ
と、俺の腕はもぎ取られてしまっていた。
「え?」
悲鳴をあげることすら出来なかった。
「可哀想だけれど、収穫はあまり期待できそうにないわね」
モアは俺の体を地面に横たえさせる。
ちょっとの刺激で俺の体は脳の意識を残して大体がバラバラに解けてしまった。
果たしてそれが眠りに落ちる前の錯覚であったのか、それともかなしいまでに具体的な現実でしかなかったのか、いずれかは判別できそうになかった。
「おやすみなさい、王様モドキさん……」
モアが俺のまぶたの上にそっと手を重ね合せてくる。
眠りはすぐに訪れれた、痛みは無い。




