灰笛続き 12月31日 2つ 1387 夢と理想においてけぼり
コロコロと可愛らしく転がる。
それは川原の小石……などではなく、人喰い怪物の前歯の破片だった。
「あわれじゃのう」
歯の破片、白い粒を摘み上げている俺の右の耳へミッタの声が聞こえてきていた。
「かつては誇り高き歌を紡いでいただろうくちびるが、今やごみくそ甘ったれのド新人三流魔法使いが捩じりこんだ杭に埋め尽くされておるとは」
「…………」
…………もしかして、それは俺のことを言っているのだろうか?
「……いくらなんでもヒドくねえ?」
しかしミッタは俺の反論、すこしの涙をことごとく無視しまくっていた。
「嘆かわしい、ああ! 実に嘆かわしい」
一応ながら、世界基準で考えれば同族ということになるのだろう。
ミッタは自分自身とおなじ異世界人である怪物に強く同情の気持ちを向けているようだった。
「実に悲しいぞ! 思いやりをせずとして、いったいいつの時間と空間に憐みを向けるべきなんじゃろうて。なあ? あるじさまよ」
「いや、知らねえよ」
気を取りなおす、取りなおさなくてはならなかった。
「俺が知りたいのは、今すぐにあの人……」
「人間」扱いしたくなる、そうせざるを得ないのは彼の記憶をこちらが勝手に覗き見てしまったから。
その罪状に対する償いの気持ちなのだろうか。
「……あの人を殺す方法を教えてくれ」
俺の問いにミッタはまず関連するであろう情報を並べていっている。
「まずもって弾丸では怪物を殺すことは出来まいて」
「? どういうことだ?」
銃で怪物を殺すことは出来ない、ということなのだろうか?
「おおよそ考えているとおり、我々を殺すためには銃火器はいささか便利すぎて、気軽過ぎて、簡単すぎるのじゃよ」
理屈は分からない、しかし理由ならばそれなりに想像することが出来た。
「明確に俺たちが殺すと思わなくては、そのためにはなるべく意識と肉体に直結した道具、方法を使用しなくちゃいけないのか……」
例えば何かしらの便利な魔術式を使うことだって可能なはずだった。
灰笛という名の土地を覆い尽くす雨雲の形をした呪い。
都市を守る巨大な魔術式に少量の毒さえ混ぜ込めば、水を大量に消費する怪物などは簡単に害を加えることは出来るのだろう。
俺なんかの矮小な想像力で考えられる案なのだ、ましてはモアたるものが実行に移さないわけがない。
そう、彼女自身も考えるだけで、しかし実行した際の無意味にすでに気付いているのだ。
結果はありありと現れている。
実際に見てきたではないか。
怪物は今日も昨日も、おそらくかなりの高確率で明日も、雨の水分を飲んで元気にのんびり暮らし続けている。
「一番効果的なのはナイフなどの刃物じゃな」
呪いの一つについて考えていると、ミッタはもっと具体的な方法を俺に丁寧に教えてきてくれていた。
「腕を使い、こころを確認する。殺す自分自身の姿をイメージすることで、はじめて我々に刃は届くのじゃよ」
「だったら、この武器じゃ彼は殺せられないのか?」
事実を再確認したところで、俺は早くも失望感に打ちのめされないよう強くこころに発破をかけようとする。
「落ちつくのじゃ。まだ方法はたっぷりと残されておろう」
密かなる予備動作を起こそうとしたところで、ミッタが見るべき方向を示してきていた。
ふうふう。と風が少し頬を撫でる気配がした。
ミッタの吐息。
空気が揺らいでいる、銃口の近くに彼女の指先が現れていた。
なにも無いところからいきなり幼女のほの白い指先とは、まるでやたら画質のわるい心霊写真のような光景に思わず笑いそうになる。
「ここじゃよ、ここ」
俺が笑みを噛み殺していると、ミッタは指先で銃口をピン、と軽くはじいていた。
人ならざる存在が、異世界より来訪せし異常なる存在が触れた。
それはすでにある種の奇跡のようなものと似通った事象だったのだろう、瞬く間に変化が訪れていた。
皮膚を一気に引っ張られるような感覚、集中力が指先に滾る。
先台を握りしめる。
銃の先端に藍色の光が明滅し、光る気配はすぐに一振りの小さな剣と……。
「けっ!!!」
想像しようとしたところでミッタの注釈、……と言うよりかはただの文句、クレームが混入してきていた。
「つまらん、つまらん、つまらんっ!! 我があるじさまよ、貴様にはほとほと失望したぞ」
「な、なんだよ……」
訳が分からないままに俺はまた別の彼女に呼吸行為を阻害されていた。
「ぐえ」
端的に言えば首を絞められていた。
ミッタはすでに自分の体を透明の内に隠すことをしていなかった。
この世界に姿を主張すること。
俺たちと異なる、「彼ら」にとって異世界とは存在する、ただ呼吸をして生きていくだけでも精神力、体力、気力……その他もろもろのエネルギーを著しく消費する行為である。
だというのに、にもかかわらず、ミッタはどうしても俺に伝えたいことがあるらしいと、この世界に全身を発現させているのであった。
「失望したぞ! 我らが王よ!」
ミッタは透きとおる触手にて俺の首を、呼吸機能を締め上げようとしていた。
殺されるのだろうか?
予想を抱く。




