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灰色にグレートなブドウ味の不安

わからないことばかり

 まさかそんなことがあり得るわけではないし、よもやこんな所で養女の願うことが実現したなどと、もちろん彼女自身が一番に否定したいほどではある。


 のだが、しかし、結果的にここにいる息をしている人間の中で誰よりも早く決断を下し、それを行動する決意を抱けたのは魔法使いただ一人だけで、それだけであった。


「よし、……よし! そういうことなら、そういうことならば、それも僕に任せるべきでしょう」


 兄妹は互いに示し合せる必要もなく息ぴったりに魔法使いを、高らかに提案をしてくる若者のほうを見た。

 兄は驚いて、妹も彼とはその内容がいくらか異なるにしても、また同じように静かなる驚愕を抱いて。


 ルーフがすぐさまするべきだと思う確認を頭の中で列挙し、その列を破壊する勢いでキンシにまくしたてる。


「自分に任せろって……、良いのか? 大丈夫なのか?」


「大丈夫、とは? 何か気になる点でも?」


 質問をテニスボールよろしくそのまま打ち返されて、ルーフはどろどろとした思考のままにとりあえず心配すべき点を一つ一つ述べていく。


「えっと、その、お前これから仕事に行くんだろ? 魔法使いの。大丈夫なのか、そんな仕事現場にこんな小さなガキを連れて行って、その……大丈夫なのか?」


 色々言いたいことは山ほどあるにしても、そのどれもがいまいち正体を得られず言葉の語尾は吹きこぼれた糸コンニャクのように、ふるふると心もとなく頼りなく。


 だからこそ、であるが故に魔法使いの意見を完ぺきに曲げられるほどの力を得ることはできず、質問と心配を投げかけられているはずの相手はいよいよ自分の意見に確信を抱きつつあった。


 キンシは明るい口調で自分の活動説明を繰り広げていく。


「大丈夫ですよご心配には及びませんよ。確かに魔法使いの仕事には昨日みたいな、………まあ、事故のようなことが起きたり起きなかったりしますが。しかし、あんな大事は早々起きるものではないのですよ」


「そういえば……、例外ということをくり返しいっていたような気がするわね」


 昨日の惨劇の中心ど真ん中にいたにもかかわらず、メイは自分でも驚くほどに冷静さを持って魔法使いの仕事内容について予測を組み立てていた。


「きのうの大きなオタマジャクシが人をおそった時にそれを助けるのが、その、この町における魔法使いのお仕事っていうことなのよね」


 メイは知っていること、知ったばかりのことを十分なる睡眠によって回復した脳内で整理整頓、情報をピックアップする。


「そうなるといつもは、きのうみたいな大変なことがおきなかった日は、何をしているのかしら?」


「おおお、素敵な質問文ありがとうございますメイさん」


 彼女の質問文に対して、キンシは明確に嬉しそうな反応を示す。


「そうですね、貴女の考えている通り、僕たちは何も日がな一日バトっているわけではないのです。そうですね……、これは僕が働かせてもらっている事務所の方針に偏ったものではありますが、この町における魔法使いの主な業務は警備が一番それに近しいと、僕は思っています」


「警備」


 問いかける必要はあまりなく、ルーフが答えを得るよりも先にキンシのほうから言葉を続けていく。


「そうです。灰笛に生きている、僕のような魔法使いはその大体が町の警備及び監視を受け持っているといっても過言ではありません。形は様々あって、一概にまとめようとするとまた語弊が生まれてしまうのですけれどね」


 説明を続けながらキンシは腰の鞄付きベルト、そこに備え付けられている金属製のキーチェーン。

 いくつかジャラジャラとぶら下がっている中であたかも、いかにも何の変哲もなさそうな鍵の一本っぽく並んでいる中の一本を取り出す。


「しかしながら、やはり大概にしてしまえば僕らの目的はただ一つ。魔法使いとして自らの手で作成した魔法を用いて、人々の安心をお守りするということに集約されていくのでしょうね」


 そして鍵の一本を、昨日と同じように手の中で操りながら切っ先で空中を引っ掻いていく。


 するとそれまで客人をもてなすために整えられていた空間が、瞬く間に終了を告げていった。


 最早だいぶ雲に隠れて薄くなっていた太陽の光は、窓にもともと設計させられている遮光カーテンによって遮られ、足りない分の光を補っていた天井の魔法鉱物ランプは迅速に、それでいて獣が眠りに落ちるかのように明滅を終わる。


「異常なる町における日常を、それがこの灰笛における魔法使いの主な役割です」


 どうということもなく、何の感慨もなさそうにキンシは道具をもとの場所に戻す。


「そういう訳ですから、よっぽどのことがない限り滅多なことは起きませんから。どうか、どうかご安心ください」


 自信満々な口調とは裏腹に、よく聞かなくても何一つとしてハッキリしていることがない供述の中、魔法使いはソロロソロロと少年のふくらはぎにへばり付いている幼児に近づいていく。


 赤色のタイツに包まれている膝を地面につけて、近づいてくる相手に怯えてミッタは手の力をささやかながらも強める。小さな爪がルーフの、むき出しの皮膚に食い込む。


 その痛さが、力強さが、若者たちの心に雨あいのような不安を浸していた。


そうすることでドキドキです。

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