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灰笛続き 12月28日 1つ 1380 息が詰まる考察を荒野で繰り広げようか

 というのも、もれなく実感しなくてはならない、そうせざるを得ない状況に身を置かれていたから。ただそれだけの事に過ぎなかった。


「えい」かけ声と共にモアの指……。はたして「それ」を指と呼んでよいものか、はなはだあやしいところではある。

 触手のようなもの。巨大な舌のような形質が俺の顔に触れて、そして右目に押し込まれていった。


「はえ?」


 何が起きたかわからないままに、俺は右の眼にとてつもない激痛が走る、状況にただ身を任せるばかりであった。


「ぎゃ?! ぎゃあああッ??! ああああああ!!!」


 ぬるりとモアの触手が離れていった。

 繋がりが途絶えた途端に俺は廃墟の床の上へ身を転げ回せていた。


 痛い、ものすごく痛い。

 目の中に砂場の砂がダイレクトに侵入してきたかのような違和感と不快感。


 体の内側にある絶対に触れてはならない部分に侵入された。

 拒絶に俺はボロボロと涙をこぼし、もだえ苦しむ


「なにしやが……た……ッ?!」


 地面の上を這いつくばりながら、俺はモアの事を業火の(けぶり)のように睨み付けている。


「なに、ちょっとしたプレゼントだよ」


 モアは特に悪びれる様子もなく、やはりいつもの穏やかな笑みだけを口もとに湛えていた。


「今は分からなくても、まあ? 後々になって役に立つかもしれないよ」


 一体全体何のことを言っているのだろうか、この(アマ)は。

 色々といいたいことはたくさん、というよりかはあまりにも沢山ありすぎていた。


 しかし同時に俺はここで自らの苦しみについての理由を追及してはならないと、そうも考えている。

 いっそ悲しいまでに状況を理性的に把握してもいた。


 今は恐ろしき人喰い怪物に襲われている真っ最中なのである。


「ぐぅ……ぅぐぎぎぎ……ッ!」


 俺は奥歯を噛みしめながら、硬さをそれぞれ上下に離している。

 とぎれとぎれに生まれる隙間から口の中、喉の奥、肺の中へ冷たく新鮮な空気を取りこんでいった。


 呼吸をしながら体に活力を取り戻す。

 足で地面を踏みしめながら俺は再び立ち上がってこの場所から逃げようとした。


「……?」


 しかし動かそうとしていた足を止めている。

 誰かに、例えばモアなどに受動的に動きを抑制されたという訳では無かった。


 あくまでも俺は能動的に、自らの意志を以て己の足を停止させていた。


「あれ……動きが止まった……?」


 俺はじっと人喰い怪物の方に注目をする。


 自然と呼吸を抑えてしまうのは、自分自身が怪物にとっての捕食対象に合致している。事実に恐れおののいているからであった。


 自らの命を脅かす存在についての情報を一刻も早く、誰よりも多く集めなくてはならない。

 頭の中に命令文が生まれ、肉体の隅々まで勅令として下される、伝達されていく。


 瑠璃(ラピスラズリ)の体にヤドカリのようにほっそりとした機械仕掛けの足を持つ人喰い怪物。


 四本の足はいまこの瞬間において、瑠璃の胴体を俺たちから三メートル半ほど離れた場所に胴体を固定させている。


 廃墟からこぼれる月明かり、魔力鉱物の気配に照らされている怪物。

 その姿はさながら巨人の指輪を台座の部分だけ切断して据え置いたかのような、光景は神秘さとシュールレアリスムとの間を俺の頭のなかで行き来していた。


 どうにも落ちつかない。

 俺はたまらずモアに状況の詳細について質問していた。


「どうしたんだ? なんで動きが止まったんだ?」


 しかしモアはあいまいな微笑みだけを唇に浮かべている。


「まあまあ、まずは自分の目でご確認為されよ」


「ええ……ンなこと言われてもな……」


 こちとらしがない新人魔法使いでしかないのだ。

 ましてや人喰い怪物の生態など専門外どころか、依然として確固たる非日常の象徴でしかない。

 

 だが他にやるべき行動も見つけられそうにない。

 先手必勝を決め込みたいのは山々ではあるが、現状ではあまりにも情報が少なすぎている。


 仕方なしに俺は怪物の姿を見た。


「……あれ?」


 するとどうだろう、案外すぐに違和感をひとつ見つけ出してしまった。


「金色が減っている?」


 怪物の体。

 瑠璃(ラピスラズリ)の原石のように無造作でナチュラルな美しさを構成する表面。

 岩石の下側部分にきらめいていたはずの輪っかが一輪減っていた。

 四本……足の数とおなじ本数だったものが三つに減少している、その理由について考えようとした。


「……ッ!」


 途端に右の眼に激しい痛みが走った。

 忘れかけていた痛み、喉の奥に放置していた魚の小骨の主張のようにチクチクとした痛覚が眼球に脈打っている。


「攻撃のための魔力をかなり消費するみたいだ」


 モアが淡々と情報を言葉にしていた。


「なんのことだ?」


「ほら、さっきの攻撃だよ」


 そういいながらモアは右腕……としての役割を変わっている水色のスライムみたいな塊をウネウネとさせていた。


「一発撃つのにしばらくのクールタイムを要する。

 加えて、こっちには敵対する別の「人間」の意識が一つ」


 と、そこでモアは笑顔の気配を少し薄めて思惟に暮れている。


「いや? ルーフとミッタさんを加えれば、おお! なんということだろう」


 モアは動きを止めている怪物を背景に、俺に向けて感動を表現してきていた。

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