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灰笛続き 12月27日 1つ 1377 五億円ならいつだって欲しい

 ガラスが割れた。

 硬いモノ。そうあるはずのモノがいとも容易く壊れる、弾ける、粉々になる。

 中身が漏れ出ていた。白熱電球が自発的な自殺行為を望んだらこんな風になるのだろうか?


 ありえるはずのないイメージを作ってしまうのは、俺の命がたったいまとんでもなく危険にさらされているからだった。


 薄い膜、ほのかに青みがかったガラスの膜が破壊される。

 内側から壊れていく。破裂の瞬間に青色へ新たなる色が生み出されていた。

 

 刈安(かりやす)の葉っぱや茎を使った黄色のように鮮やか。

 天青石(セレスティン)の美しい青と触れ合う。しかし黄色と青はそれぞれに決して妥協することは無く、交ざりあうこともなくそれぞれが自己の色を確立し続けていた。


 触れ合う色はまるで星の消滅を一時停止したかのような、銀河、宇宙の神秘を想起させる。

 青と黄色の揺らめき。揺らぎはしかしてごくごくわずか、極限的に短い瞬間での出来事だった。


「ルーフ!」


 モアの声が聞こえてきた。

 右耳では無く、左耳の方だったような気がする。

 右側の耳はすでに事象、俺の生命活動を蝕む危険性に聴力を捧げてしまっていた。


「ルーフ! …… ルーフ! …… ルーフ!」

 

 音が連続して聞こえる。

 嗚呼、心地いいと感じてしまえるのは、美少女の存在価値への中心点に自分が位置している。実感がえもいわれぬオーガズムっぽさを演出しているからなのだろうか?


 ……こんな事、こんな考え、ぜったいに他人には知られたくないものである。

 ましてや猫耳クソ魔法使い的少女には絶対に知られてはならない。

 

 まあ、そんな心配性はない。

 と言うか、そんなことを考えている場合ではなかった。


「   みちゃみちゃ  」


 俺の指さき、長さ的に中指の先端が一番丁度良かったのだろう。

 中指の先端が喰いちぎられていた。

 原因は分かっている、人喰い怪物による攻撃であった。


「う……」


 悲鳴をあげようとして、しかし俺の体は後方に強く、強く引っ張られていた。


「うぐえ」


 悲鳴をあげる暇もなく、俺はモアに襟首を思いっきり引っ張られ、そのまま引きずられる形で鉱脈の上を

移動させられていた。


「ひゃあ! 大変大変」


 モアはいったん鉱脈の群れ群れから脱出し、駆け出した勢いのままに俺の体を適当な壁に叩き付けていた。


 シャッター街のもう片方、固く閉じられた鎧戸に投げ出されている。

 背中を思いっきりぶつける。


 ガシャアアァンッ!

 金属が俺とぶつかりあって派手な音を奏でる。


「何しやがる!」


 音が残響となる前に、俺はモアに文句を言おうとした。

 しかしやはり、俺が言葉を彼女に向けて実際に発することは叶わなかった。


 ガリガリガリ。

 硬いモノが別の硬いモノ、例えばしっかりと舗装されて長い時がたっても頑丈さを保ったままの材質の上を駆けだす音。


 今しがた俺とモアがいたばかりの場所、無人のシャッターの奥。

 今は魔力鉱物の鉱脈しかなかったはずの場所。

 そこに、別の生き物がいた。

 それはもれなく人喰い怪物であった。


「指は大丈夫?」


 モアが俺の具合を心配してきている。


 バキバキバキバキ!


「なんだって?」


 彼女の声は鎧戸の破壊音に阻害されていた。

 怪物が開きかけ、……と言うよりかは閉じかけのとに突進をかましているのであった。


「は、早く……閉じなくちゃッ……!!」


 俺がおののいている。


「封印にどれだけ意味があるか、あやしい危ういところだけれどね」


 対してモアは冷静としか言いようのない、ある種危機的状況とはおよそそぐわっていない平坦さだった。


「でもまあ、無いよりはある方がいいだろう」


 モアは気軽に腕を伸ばし、まったく恐れることもなく鎧戸を下側に動かしている。


 ガシャンと落ちるように閉じられた扉。

 すかさずドアの奥の怪物が密閉に逆らうように突撃を続行させていた。


「さて、と」

 

 バキバキと歪み続ける鎧戸を背後に、モアが俺の事を心配してきている。


「大丈夫? ルーフ。指を喰いちぎられたっぽいけど」


「大丈夫かって言われてもな……」


 実際のところはそこそこにえぐみのある被害ではある。

 泣き出したいとまでは思わない、と言うか思いたくない、俺のなけなしのプライド的に。


 だが現実は悲しい。

 指先を見ようとした俺の瞳からポタリ、と生ぬるい涙がこぼれ落ちていた。


 痛いと思うか、しかし痛覚と呼ぶにはあまりにも爽やかすぎる。

 まるで口の中に残る魔力鉱物のサイダーのような甘さ、吹き抜ける冷たさが俺の指先、喰いちぎられた中指に集合してきていた。


「損害については誠に申し訳なく思っているよ」


 ぼこぼこになりつつある鎧戸を背後に、モアはうずくまっている俺と視線を合わせるように身を屈めてきている。


 姿勢を動かせば、依然として身に着けたままのワンピース型スクール水着っぽいコスチュームが描き出す肢体のラインがよく見えてしまう。

 主に胸元、デコルテのささやかな谷間にくぎ付けになったまま、俺達は現状について語り合う。


「なにが起きたんだ?」


 一度発した言葉。

 しかしすぐに訂正の文章が浮かび上がってくる。


「いや、分かりきっている……俺たちはいま」

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