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灰笛続き 12月23日 1つ 1371 バターカップの遺体を撒きにいこう

「でもまあ、戦争が終わってすぐに処分されたってわけじゃないんだけどね」


 尊敬すべき先生は戦後の世界をしばらく生きていたそうだ。


「とは言えこころ優しき魔族による魔力主義社会は、彼にとってはあまり嬉しいものじゃなかったんだけどね」


 それはどうしてなのだろうか。

 もしかすると彼もまた俺のように魔族とは違う種族、N型と呼ばれる身体になんの特徴も宿していない無個性な種類だったのだろうか?


「いや、そういうワケじゃないよ」


 どうやら違うらしい。


「彼は、そうだね、現代の区分で言えば木々子(ききね)に当たる種類じゃなかったかな?」


 木々子(もしくはキギコとも呼べるかもしれない)とは植物の特徴を身体に宿したニンゲンの種類の事である。


「泣き叫ぶマンドラゴラや樹木の精霊ドリアードに類する魔族の一種だね。

 フレディは、彼はキンポウゲ属の木々子だったよ」


 俺の頭の中に金色にきらめく可愛らしい花々の姿が想起された。

 イメージの裏側、脳内にある像のそれぞれが繋がりあう。


「キンポウゲ……バターカップなら古城にいっぱい咲いているよな」


 石材を中心とした古ぼけた建造物に緑が萌え、鮮やかな黄色が隙間を、空虚を埋めるように可愛らしくほころぶ。


「キレイな花だよな、なんつうか……キュート? って感じだ」


 情景を思い出したところにモアの言葉が重なってくる。


「可愛い、かあ。まあ彼はなかなかのプリティー、ファニーフェイス。現代語っぽく言えば砂糖顔だったかもね」


「絵が上手い上に顔も良いとか、最強じゃないか」


 チートっぷりに俺は全知全能の神を恨みたくなる。

 ……ああ、でもこの場合は天使と言った方が正しいのだろうか。

 まあ、どっちでもいいか。


 モアは情報に訂正を書き加える。


「彼は自分の絵に満足した瞬間を永遠にむかえられなかったけどね」


「ってことは、戦後にその……お亡くなりになってしまったのか?」


 尊敬すべきニンゲンの悲しみに触れそうになっている。

 俺は自然と体が緊張感に包まれていくのを感じていた。


 モアが彼について語り続けている。


「自らの罪に耐えきれなくなった彼は外界と関わらなくなった。

 数年のうちは友だちであるあたしにすら会おうとせず、ひたすらに絵だけを描き続けていったよ。

 

 まともに食事もとらず、年を追うごとにやせ細っていった。

 最後にはまともに笑うこともなく、まるで水彩絵の具が水に薄められていくように存在が透明になっていくようだった」


 共が死にゆく情景を思い出している。

 モアの様子は声音だけでは全てを察せられそうになかった。


「そして二度目の大災害が起きる前日の事、彼はあたしに手紙を送ってきた。

 とるに足らない冬の寒さについてを心配する書き出しから、たわいない世間話。

 最後に一言だけ自分が死を迎えるべき日が来たことを一方的に伝えてきた」


 手紙を読んだモアは急ぎ彼のもとに駆け付けたらしい。


「助からなかったわけだけどね。

 どうやら彼はある程度計算していたらしい」


 どういうことだろうか?


「二度目の大災害が起きるタイミングで、都市を管理するはずのあたしを土地から引き離そうとした。

 その結果、この土地では多くの被害者が産まれてしまった」


「でもそんなの、ただのタイミングの巡り会わせ……でしかないだろ?」


 俺の予想をモアは受け入れてくれなかった。

 拒絶の感情から予想が次々と生まれてくる、生まれてきてしまっていた。


「まさか……? 災害を任意で起こした可能性があるのか?」


 モアは俺の方を見ない。視線は交わらなかった。


「現状最も可能性が高いとされている存在は、君も、君の妹とお友だちもよく知っている名前の「集団」だよ」


 俺の額に痛みが走る。

 熱せられた金属をジュウジュウと押し付けられるような痛みは、段々と全身へ熱病のように影響を増幅、拡大させていった。


「カハヅ・トーヤ率いる集団は、おそらくこの世界に干渉する魔術式の一部をすでに保有している可能性が高い」


 であれば、彼らの手にかかれば簡単に大量の命を奪える災害を起こせられるのだろうか。


「可能性は無きにしも非ず、だね」


 モアは状況についてだけを淡々と語る。


「だけどまだ、彼らは決定的な鍵を持っていないようだ」


 鍵とはなんであるか?

 全てのニンゲンに変化をもたらす要因たる存在とは?


「おそらくだが、これもまた魔術式の一部分である可能性が高い」


 また魔術の話になるのか。


「ありえなくもない話だよ。現状におけるこの世界は魔術に頼る部分があまりにも多すぎる。

 例えば電力を失った世界をかつての人間たちが想像できなくなってしまったかのように、生活に密接したエネルギー源さえ掌握すれば世界征服なんて簡単だと思うね」


 ともあれ、どうやら俺の尊敬する作家は集団の手によって利用されてしまったのだ。


「許されざることだな」


「ええ、許せないことだよ」


 しかしどうやら俺の怒りと彼女の怒りの矛先は別の方角に向いているようだった。

 

 そのことに気付くのにはあまり時間を必要としなかった。

 何故なら彼女は言葉を発することを止めなかったから。


「戦争による傷痕は未だに残り続けている。

 この世界、灰笛(はいふえ)が呪いに包まれる赤ん坊の姿だ有り続ける原因は、すべて戦火の中に存在しているはずなんだ」

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