灰笛続き 12月22日 2つ 1370 差出人不明の呪い
「それにしても、どうしてモアはそんなにも魔法だとか魔術が好きなんだ?」
質問文を考えているなかで言葉が次々と更新されていく。
確かめておきたいことは山のごとし、北アルプスの剣岳に匹敵するであろう隆起である。
「いや、違う……お前と俺はその……なんだか趣味が似通っている気がするんだ」
しかしながらうら若き……少なくとも外見から得られる情報としてはそうとしか表現しようがない彼女。
美少女に語るべき質問文としてはいささか気持ち悪さが勝りすぎている。
自らのキモさを強く自覚していながらも、どうしても俺は自らの疑問点を信じるより他はなかった。
もはや確信していると言っても差し支えは無い。
後はモアからの返答を待つのみ、どこかワクワクとした高揚感さえも覚えていた、……かもしれない。
実に、最高にキモいが。
「奇遇だねえ」
期待と不安を込めた、言葉はどうやらモアに上手い具合に届いているようだった。
「ルーフ、君も人間が大嫌いなんだね」
モアはすでに知っている事実を改めて再確認しているかのようだった。
炊き立ての白米の美味さを知っていながら、空腹時にそれを食む瞬間の感動を大切にするかのように、モアはいたくこころの中に俺との共通点を噛みしめている。
「だけど、嫌う理由についてはまだまだ相違がありすぎている」
モアは階段の踊り場の壁に身を寄せかけている。
ハイレグからのぞく尻の肉、本物の「人間」に告示させた脂肪と皮膚の柔らかさが冷たい壁に触れて、ふにゃりとわずかに押し潰される。
肉の圧迫感について想像すると思考が熱を帯びる。
生理的な反応を起こす前に急ぎ別の、欲望とはかけ離れた理性的な会話を行わなくてはならないようだ。
「相違とか創意とか知らねえけど」
考えや理由が違うのは当たり前ではなかろうか。
前提を踏まえたところで俺は気になる事項を一つ解決へと進ませようとする。
「モアは、どうして「普通の人間」が嫌いなんだ?」
壁に寄りかかったまま、モアは視線を壁に向けている。
なにも無いはずの場所から視線を滑らせ、二階に続く階段に段々と視点を動かす。
やがて二階に至る視線は、空間を照らしている月明かりの気配を感じとっていた。
一回の薄暗さとは異なり、二階には何かしらの光源が満たされているようだった。
何があるというのだろう?
まさか電力が通っているとは思えない、もしそうだとしたらむしろ魔法や魔術よりよっぽど奇々怪々である。
それはさておき、モアは踊り場で理由についてを語る。
「友だちが自殺をしたんだ」
モアは二階の明かりから再び俺のいる暗がりに視線を向けている。
小さな点に絞られていた瞳孔が丸く拡大される。
暗黒が青色を押し退けていた。
「彼は偉大な芸術家だった。絵を描いていたんだ。売れない絵描きで、熟れもしない絵を毎日毎日、キャンバスに一枚ずつ描き続けていた」
モアは、ここにはいない誰かの事についてを考えている。
「正直表現者としては平凡なもので、大したオリジナリティもない、仕様もない三流だったよ」
俺は画家の名前について聞いた。
「名前? たしか「フレディ・アウラトス」って言う名前だよ」
名前を聞いて俺は飛び上がった。
比喩表現という訳では無く、割とマジに体がびっくりと震えたのだ、マジで。
モアの口から語られた名は世界的に高く評価されている画家で、俺のようなぼんくらでも知っているような名前だったからだ。
と言うか俺は彼の事を知っていた。彼の作品を幼い頃に絵本として何度も何度も、表紙がボロッボロになるのもかまわずに読み明かした。
愛したもの、今も変わらず愛し続けている作品の一つ。
それが俺にとっての彼の作品だった。
事実を伝えるとモアは恥ずかしそうにはにかんでいた。
「そうなんだね、君は彼のファンということか」
もちろん。
これはもはや熱狂的信者と呼んでもらっても差し支えは無い、と自負しているつもりだ。
「ありがとう。彼が知ったら……まあ、喜ぶんじゃないかな?」
そうだとしたら、光栄どころの騒ぎではない。
感動のあまり鳥肌が立ち、いっそのことフワッフワの羽毛が生えて空を飛べるのではなかろうか?
「ああ、うん、そこまで来ると彼もドン引きかも」
俺の教信者っぷりに引き気味になりつつ、モアは彼の顛末についてを語った。
「彼は戦争に利用されたんだ」
モアは寄りかかっていた壁から体を離している。
「いわゆるプロパガンダだ。戦争のために、なにも知らない情報弱者たちを先導するために、戦争を是とする誰かのために作品を、絵を描き続けた。
とても儲かったそうだよ、今まで報われなかった分を埋め合わせるように、彼は絵で儲けつづけた」
モアはすでに俺と視線を合わせようとはしなかった。
交わらない視線の向こう側、二階の明るみ、モアは魔的な存在に注目している。
「そして気付いた、戦争が大きな間違いであって、まちがい続けた選択の果てに大量の命が、意識が、こころが理不尽と言う巨人の足の下、木苺のように容易く踏み潰されたことに」




