灰笛続き 12月20日 3つ 1366 メリークリスマスは遠くに過ぎ去った
「なんだ、そっちの事か」
モアの言い分に俺はすぐ納得をしようとした。
そしてすぐに次の新たなる問題に意識が到達している。
「だとすると……余計に俺には対応できない内容じゃないか?」
「はて? どうしてそう思うのかな?」
「どうしてって……」
すでに決定された事項を突かれるとなると、苛立ちよりも困惑を覚えてしまう。
どうして人を殺してはならないのか? 当たり前のこと、「普通」の事について真面目に考えたくなってしまうような、不安定な気分になる。
「だって、俺はまだ魔法使いにもなれていないし……」
「何を言うか、魔法ならさっき使ったばかりじゃないか」
いったいいつの話をしているのか。
と疑問に思う最中でモアは見慣れた一枚のイラストを俺に見せつけてきていた。
「あ、十連ガチャ未満の絵だ」
とくに新鮮味も無い、描き終えたものについて達成感はあっても新しい情報が……。
「……あー……見返すと、ヤバいな、手直ししなくちゃいけねえ部分が山のごとし」
「十連ガチャ未満だもんねえ」
モアがケタケタと笑う。
「でもまあ、この作品にあたしはすでに利益を支払った。その契約、事実は上塗りできても消滅することは無い。そもそもこの絵を手放すつもりもないしね」
モアは紙の一枚を指先にひらめかせ、すぐさま自らの縄張りへ俺の絵を隠してしまっていた。
「そんなこんなだからルーフ、君はもうすでに手遅れ、魔法使いという永遠の狂気と苦しみの国に足を踏み入れているのさ」
「なんてこったい」
なんだか保有している武器に更なる重みが増したような気がしてならなかった。
しかしどうやらあながち気のせいでもないようだ。
「……っていうか、なんかやたらと武器が重い気がするんだが……?」
「ああそれは、たぶん君の武器も周りの空気に拒絶感を持っているのかもね」
新学期はじまりたてのぼっち学生みたいな意見だが、しかし事は予想している以上に複雑らしい。
「はて?」モアがあれやこれやと考えを頭のなかで巡らせているようだった。
「お兄さんがもっていた時はもっと従順で、暗闇の密閉空間以外の環境なら大体受け入れられる丈夫さと胆力を持っていたはずなのに」
「おそらくだが、持ち主の技量も関係しているんじゃないか?」
俺の予想、いくらかは自虐を込めた持論を聞いた。
モアはしかしどうにも上手く納得できていないようであった。
「いやいや、素質としてはルーフ、君の方がよっぽど勝っているはずだよ」
モアは自分の主張を丁寧に伝えてきている。
「だってエミルお兄さんは全然戦いの才能が無かったんだから。
魔法使いになれなかったから、仕方なしに、消去法として魔術師の道を選んだただのボンボンなんだから」
「ヒドイ言い様だな……」
身内なのに、いや、むしろ身内だからこそ簡単にこけ降ろすことが出来るのか。
なんにせよあまりいい気分がしないのは、俺自身が勝手にエミルの絵を好んでいるからに過ぎない。
つまりは個人的主張、不必要に戦いの場面を展開させるまでも無い。
と、思うことにする。口の中は苦いが。
「なんにせよ、もしも今ここで怪獣なり人喰い怪物にでも襲われたら、まともに戦えそうにないな」
俺は悩む。
ただでさえこちらには使い慣れていない義足がある、そこに譲り受けたばかりの武器となると、さながらハイヒールで側溝の上を走り抜けるかのような不安がある。
「じゃあ軽くしちゃえばいい」
モアが気軽な様子でアイディアを提供してきていた。
「軽くする」
提案は突拍子の無いもので、上手くイメージすることが出来ない。
…………。
一方その頃、古城ではこんな事が起きていたらしい。
ミッタの張った触手の情報網から映像だけなら楽々と、易々と再現することが可能である。
なので、せっかくなので、記しておこう。
「消えました!」
「ああ、ロストしたな」
「ええ、これはなかなかに興味深い消失ですよ」
ハテナ先生……。
もといハリがエミルと語りあっていた。
エミルが簡単な予想をしている。
「おそらく検索機能か何かしらを利用したんだろうな」
エミルは狩猟用ライフルに酷似した見た目の武器が転げ落ちていた部分、今は空白になっている、なにも無い場所へとしゃがみこんでいる。
身を屈めて空の部分に指を滑らせる。
少しだけ節くれだっている指先。肉体の年齢を鑑みるといささか老朽化が激しいと思われる左手。
肉と骨、皮膚がそれぞれにきちんと伴っている一部。
偽物ではない本物の腕にて、エミルは魔力の気配をそこはかとなく感じとっていた。
「うーん、このまだまだな感じ、熟すどころかようやく実を結ぼうか否か、まだまだ分からない感じ、におい的にはルーフの魔力の気配であることが予想できる」
「成人男性が美少年のにおいを判別する姿、なかなかに悍ましいものがありますね」
どうせなら、とハリはそこで妙案を思いついたようだった。
「どうせなら、ええ、そうしましょうか」
誰かに確認するような素振り。
しかしハリは誰の言葉も必要とせずに、自分がすべき行動を全て理解しつつあるようだった。
少なからず、この現状においては。
 




