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灰笛続き 12月20日 2つ 1365 一生一緒にいるつもりはない

「名前を設定しておけばいいんだよ」


「名前……」


 まだ情報が少なすぎる。俺が正体を掴めないでいると、ミッタが不意に俺の右手を握りしめてきていた。


「論より証拠、百聞は一見にしかず、習うより慣れろ、じゃよ」


 要するに実践あるのみ、ということなのだろうか。

 しかし怪獣との実戦の後にこんな初期設定に頭を悩まされるとは。

 まるでスマートフォンで楽々と動画配信をしていながら、その実配信の媒体やらしくみやら制限の事を把握しないままでいる現代人のごとし。


 ミッタは俺の手を握りしめて、密接し合っている部分を俺の視界に写る場所に移動させていた。


「まぶたを閉じて、武器の姿をイメージするのじゃよ」


 チュートリアル、ということで俺はミッタの言う通り目を閉じて武器の事を考えた。


「イメージできたかの?」まぶたの裏の暗がりの中、ミッタが俺に問いかけてきている。


「出来たかと言えば出来た気もするし……出来ていないという気もする……」


「なんじゃ、ハッキリせんのお」ミッタが俺にやきもきしている。


「だってよ」


「だっても明後日もないわ」


「でもよ」


「でもも直訴もなかろう」


「なあミッタ、例えば今ここで銀のスプーンを本物そっくりに想像することが出来るか?

 触れるくらい正確に想像出来たら、それはもう想像じゃなくて……少なくとも考えたやつにとっては本物ってことになるんじゃないか?」


 人はそれを幻覚と言う。 

 そう表現される状況は専門的知識のもとに速やかに治療行為しなくてはならない。


「そうじゃ、それじゃよ」


 だがミッタとしては異常時代の方こそを望んでいるようだった。


「いっそのこと胡蝶の夢を再現したもうれ」


「マジかよ……」


 今ここで極限を再現しろと?


「まあ、そこまで突きつめんでも、固有の名前だけ呼べばええんじゃがの」


「それを早く言えよ」


 やりとりを交わしながら、俺は武器の名前を呼ぶ。


「しろ」


 急ごしらえの名前。

 とりたてて特別なことは無い。


「……?」


 ひゅうひゅう。

 冷たい風がビルの合間を吹き抜けていくような、笛の音に似た音色と気配が右腕、指先に触れる。


 パッと目を開く。

 手の中にはすでにミッタの指は存在していなかった。


 いつのまに手を離したのだろう。幼女の代わりを埋めあわせるかのように、俺の手の中には一丁の狩猟用ライフルに類似した武器が握りしめられていた。


「ミッタ?」


 俺は灰色の幼女の名前を呼ぶ。

 右を見て左を見る。彼女の姿はどこにも無かった。


「ふうう」


 冷たい風の残り香、鼻孔の奥で幼女の溜め息が小さく響いてきていた。


「さすがに電波が悪いところでの検索は容量を喰うのう、疲れた、疲れた」


 想像力の延長戦、パラパラマンガをめくるようにミッタが俺の脳内でふかふかの天蓋付きベッドに身を沈める風景が見えた。


「わしはしばらく寝る、グッドナイト」


「ええ……」


 俺が困惑しているのを、モアがニヤニヤと笑いながら眺めていた。


「あらら、大事な彼女とやることだけやって、パートナーは日ごろのストレスからピロートークに勤しむヒマもなく眠りに就いちゃったのかな?」


「あー……」


 反論しなくてはいけない、という強迫観念は時間経過した使用済みサラダ油のようにべたついている。


「……うん、まあそんな感じじゃねェかな?」


「おや、今回はずいぶんと素直だね」


 反論する気も起きない、と言う気持ちもある。

 だがそれ以上に。


「武器を取り戻せたという実感がなんとも言えない、えも言われない安心感を演出している……」


「戦闘ジャンキーになった傭兵みたいだねえ」


 何はともあれ、道具は揃った。


 モアがあらためて俺の方に要求をしてきている。


「さて、と」


 廃墟の方を指し示し、モアは俺に次なる段階へと誘導しようとする。


「道具を使って、宝石の鉱脈を見つけてほしいんだ」


「宝石の鉱脈……?」


 言葉それぞれに違和感がある訳では無いようだった。

 例えば未知なる単語であったり、俺の意識に知識として認識されていない言葉ではないようだ。

 あるいはオリジナルの言語、呼び名を使ったという訳でもなさそうである。


 モアはほんとうにこの場所から「宝石」を探そうとしているらしかった。


「鉱脈って、まさかこの廃墟の中に山とか川とか、海だとかの大自然までが再現されているのか?」


「まさか、そんな超常的な現象まで再現できちゃうのはそれこそ神に等しい存在だよ」


 それもそうではある。

 だとしたら問題はさらに明確なものになってしまうのだが。


「じゃあ、こんな廃ビルのなかに鉱脈なんかあるわけないだろうがよ」


 人工物の中から自然物を生み出すことなど出来るのか?


「チッチッチ」


 疑いにかかっている俺の事をモアが愉快そうに茶化しにきていた。


「まだまだ常識に囚われているねえ、あたしは「普通」の宝石には興味はないんだよ」


 モアは廃墟の中、ビルの一角に手を触れて、俺の方に笑いかけてきていた。


「人間の持つ魔力、存在の記憶から導き出されるもの、結晶、我々は魔力を有した特別な宝石を求めているのだよ」

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