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灰笛続き 12月17日 1つ 1361 あたしの話聞いてないね?

 町は次々と作られていった。

 作成されていると言えば簡単な言い方、しかし実際は都市の設計と言う大切で丁寧な計算式と計画性が求められる行為とは遠くかけ離れていた。


 ざぶざぶ、ざぶざぶ、ざぶざぶ、と「水」が波打っている。

 町の形成はあまりにも無頓着で無計画、無謀とも言える雑然さに満ちあふれていた。


「御身渡りの一種だね」


 またしても謎の単語を、少なくとも俺が知らない情報についてを軽い調子で使っている。

 モアの言葉を聞きながら、俺は浮遊する廃墟ビルの限られた範囲を見守り続けた。


「御身渡りって言うのは古い言葉で神様が通った後の事を言う、とある土地における湖の氷が科学的条件と偶然の重なり合いで一気にバリバリバリッ! と一直線に割れる現象のことを言うんだけど」


「なにそれすげえな」清聴しようと懸命な努力を行おうとしたが、しかし好奇心がそれを許してくれない。


「ちょー気になるんだが? めちゃくちゃ見たい。なあ、モアは見たことがあるのか?」


「残念ながら無いんだよね」


 ハイレグ水着姿の彼女はこころの底から残念そうにしている。


「データは残っているんだけどね」


 そうか、目の前に広がっている光景はデータの再生、元からある情報をただ分かりやすい形に再現させたにすぎないのだ。


「初代「アゲハ・モア」はとても旅行好き、って言うか旅行とも言えない放浪が大好きだったんだ」


 この世界に再び産まれなおしたビルたちは、もともとはたくさんの「仕事」によって構成された、ありきたりで「普通」のビルだったのだろう。


 それらが何かしらの出来事によってすべての人間、造り主を失った。

 ビルにとっては神に値する存在の喪失。

 造り主が無意味な透明に成り果てようとも、ビルはあくまでもビルとして、建物として己の存在価値を世界に証明し続けた。

 少なくとも建物としての耐久年度が続く限り。


「要するに旅をしていたんだ。あらゆる足を使って世界中を旅した、旅人だったんだよ」


 存在の証明はこの瞬間、魔術を使い、「無意識の海」から情報を検索した今もなお証は継続されていた。

 長い時を経てもビルはビルのまま、当時の記憶を守り続けている。


「今回はまた、なかなかに大きな検索結果だよ。

 一応御身渡りの一部、異世界より来訪せし叡智が作り上げた建造物だから、取っ手も有り難いものだから」


 だから?」


「とりあえず、拝んでおこう」


「ああ、そうしようか」


 俺とモアは手と手を合わせる。


「手と手を合わせて仕合わせ、仕合わせ」


 モアにとってこの状況はとても仕合わせが良いのだろう。

 幸せそうに微笑む彼女の姿、手の平は花嫁が身に着けるような長手袋に柔らかくピッタリと包まれている。


「かつての大戦で失われた記憶の数々、あるいはかつてはこの世界に来訪してくれた異世界人の記憶か、さてさて、どちらだろうね?」


 問いかけられた、俺は何となくの答えを返してみる。


「うーん? なんとなくだが今回のビルはこの世界原産の様な気がするよ」


「ほうほう?」モアが俺の答えについて強く関心を寄せてきていた。


「して、その根拠とは?」


 俺としてはもうしばらく町の再現をじっくりゆっくりと、無言でひたすらに観察したいところなのだが。

 今もこうしているあいだに、町は次々と実体をこの空間、この場面に再生しようとしている。


 暗色の雨雲が続く一面、月明かりは異様に明るい。

 真珠の粒ように滑らかな光に照らされる、廃墟ビルは白骨死体のような空虚と同時に無駄な贅肉を捨て去った時間の経過の潤いをたたえている。


 空に漂う廃ビルは、それ自体がまるでルネ・フランソワ・ギスラン・マグリットの作品のような、こちらの認識を置き去りにする世界観を確立していた。


「この灰笛(はいふえ)を守るの呪いの雨雲は町を守るためだけに造られたわけじゃない。

 実をいうともっと別の役割を持っているんだ」


 廃ビルにはいくつもの蔦植物が巻き付いていた。

 限られた土を最大限に使用して、限定された空間をところ狭しと覆い尽くす草や花、植生はなかなかに恵まれている。


「各地をただよう情報の数々、捨てられた記憶、それらをこの土地に収集すること。

 要するに蜜を塗って獲物を引き寄せる、止まり木のような役割だね」


 時間の経過は人間の痕跡を薄める。

 無人の時間が長引けば長引くほどに透明度は純粋さを取り戻していく。

 植物の密集もまた世界があるべき形へと戻る再生の力と同じような意味になるのだろうか。


 寂しさを覚えるこのこころは、ただ俺が人間として生きているが故の個人的なくだらないこだわりに過ぎないのだろうか?


「ねえねえ」


 世界の在り方に逆らった人間の作品と、世界の元々の形を取り戻そうとする透明な言語の圧倒的な力。

 どちらを選ぶか、まだ俺はその決意を抱けないでいる。


「ちょっと」


「え?」


 考え事はしかしてモアの指先、俺の頬をつねる、痛みによって遮られてしまっていた。


「あたしの話聞いてないでしょ!」


「い、いや……そんなことは」


 決してないと言いきれないのが実に申し訳ない。

 何はともあれ俺たちは廃墟に足を踏み入れることになった。

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