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灰笛続き 12月15日 1つ 1355 シュガーレスガールが魔法陣の上で笑っている

 人魚姫伝説をご存じだろうか? おとぎ話としてはかなりメジャーな作品に組する、誰しもが知っている物語の中の筆頭を飾るに値する作品であると思う。

 ただのお伽噺としてではなく、バッドエンドものとしての最初のひと口となり得る作品でもあるはずだ。

 以下は人魚姫のネタバレの危険性がある。……と言ってもやはり大体の人間がストーリーの顛末を知っているため、今さら注意を喚起してもあまり意味も無い気がするが。


 と、まあ、つまりどういうことかというと、俺は人魚の姫君の結末のように泡となって消えそうになっているのであった。


 モアという名前の美しい少女。灰笛(はいふえ)という名前の危険と蠱惑に満ち満ちた土地を管理する古城の城主。

 彼女の凶行によって俺は超巨大な災害の罪を背負って受肉した怪物の眠る「眼」という現象が生み出した魔力の塊、「無意識の海」に落とされていた。


 というか今も落ちて、沈み続けている。

 上からは「眼」が延々と泣き続け、たれ流し続ける魔力の要素、涙のように滑らかな「水」が止めどなく俺の頭頂部を濡らし続けている。


 さながら俺は今まさに魔女の呪いの代償で泡沫に消えるマーメイドプリンセス。


「……ん? 男だったらプリンスになるのか? でもなんか語呂わるいな……」


「言っとる場合か、たわけ!」


 いよいよミッタが見かねて俺の体を「水」の中から引き揚げていた。

 ミッタは触手を使わなかった、それほどには俺の存在を世界に固定するエネルギーが消費されてしまっていたらしい。


「うわ、すげェなこれ」


 俺は自分の体を見下ろしてついつい感心してしまう。


「まるで人間をそのまんま水で薄めちまったみたいだ」


 俺の体は半透明になっていた。

 定番のラブコメファンタジーのように都合よく衣服だけを溶かして透かすという便利機能は存在していなかった。


 野郎の服を溶かしたところで喜べる人間ははたして多いのか、少ないのかは俺には分からない。

 なんにせよ、今回の場合は衣服どころかその中身、俺という存在を構成する映像のほとんどが希薄になってしまっているようだった。


「惜しいね」


 モアが少しばかり悔しそうに、物足りなさそうに指先をもみあげの毛に絡ませている。


「あと十秒くらい長く使っていたら、いい感じの無色透明になれたのにね」


 モアは本心からそう望んでいる訳では無いようだった。

 しかして俺の身の安全が確保されたことについて喜んでいるという訳でも無い。

 ただつまらないからつまらないと言っている、それだけのことに過ぎないようだった。


「ところでどうだった?」


 モアが俺に問いかける。


「天使たちの作りだす「無意識の海」、その浸かり心地は」


「そうだな」


 俺は答えを考える。

 言葉は割とすぐに浮かんできた。


「悪くはなかったな」


 俺の返事を聞いた、モアは口元にパアアと笑顔の気配をはじけさせていた。


「それは良かった」


 モアにとってはポジティブな事実が次々と累積しているらしい。


「ほら、見てごらん、雨雲さんも喜んでいる」


 雨雲が喜ぶとは? 

 まさかこの瞬間に少女がいずこの猫耳悪徳魔法少女のような比喩表現への固執に目覚めてしまったものかと、もしそうだったらなかなかに嫌な変化であると、ひとり密かに危機感を抱いた。


「見てみなよ、君の魔力を吸い取ったとたん、雨雲を構築する魔術式の生き生きとし輝き」


 しかし最悪の事態はとりあえず回避されたらしい。

 モアはあくまでもこの世界において、現実として発現している現象についてだけを語っていた。


 彼女が見て、俺たちも見る。

 俺がたった今浸かっていた魔力の塊は、どうやら魔術式の一部分であるらしかった。


「雨雲の中に落ちずに、違うところに落ちたのか」


 自分自身で表現しておいて奇妙さ具合に眩暈を覚えそうになる。


「正確には魔術式がこの灰笛(はいふえ)全域を包んでいて、雨雲は術式が生み出す作用の一部、ってところだね」

 

 モアが正確な情報を補足してくれていた。


「ルーフがさっき落ちたのは魔術式の中、たったいまよろこびに打ち震えている輝きたちのこと」


 モアはすでに俺の事なんか見ていなかった。

 もっと、最も大切なもののうちの一つが世界に確かに存在している事実だけを見つめている。


 見ることで、俺もまた自分のことを吸収しようとした魔的な存在についてを再度認識していた。


 流れ星をいくつも集めて空間に固定したら、こんな線たちが生まれるのではなかろうか?

 魔法陣は直線と曲線を丁寧に繋ぎ合わせたものだった。

 

 複雑怪奇な文様ではないことに、少なからず俺は意外さを覚えていた。


「もっと派手な、華美なる文様だと思っていた」


 モアは照れくさそうに笑う。


「ポピュラーな円形に頼った魔法陣は確かに安定性があるけど、それじゃあ町ひとつ分の形を守るのは難しいんだ」


 モアが俺に問いかける。


「あんまり魔法陣って感じがしないでしょ?」


 製作者の一人が、一応ながら利用者の一人である俺にレビューを求めてきていた。


「作った本人を前に、はっきりくっきりと批評できる勇気なんざ持ち合わせていないんだがな……」


 しかし無言を貫き通すことも出来なさそうである。

 仕方なしに観察眼をフルに活動させた。

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