灰笛続き 12月13日 3つ 1351 王様は救える全てを救いたい
「この世界における災害は得てして、「災害」と語られる事象の形を有していないんだ」
どういうことなのだろう?
「つまりは地震、雷はすべて怪物の肉体に魔力として付与される。そういう仕組みになっているんだよ」
モアの言葉について想像力を巡らせてみる。
怪獣がこの世界に発現する、それ自体がすでに自然災害に等しい害ではなかろうか?
「そのへんが少し曖昧だよね」
モアはなぜか申し訳なさそうにしている。
「もっとキッチリ設定できれば良かったんだけど、どうにも本職には敵わないよ」
その言い分だとまるで「仕組み」が人為的に作られたもののように聞こえる。
「考えていることはおおむね正解と言えるよ」
俺が覚束ない空想の話を伝えると、意外にモアは俺に向けて純粋な尊敬の念を向けてきていた。
「なかなかに察しがいいね、流石ルーフ、尊敬しちゃうなあ」
果たして称賛は嘘か真か。
前者の方を選んでしまうのは、いささか彼女に対する不信感がしつこすぎているのかもしれない。
もちろん猜疑を直接的な言葉にすることもしなかった。
「ところでルーフ」
俺が言葉を我慢している様子が相手にどのような様子として映ったか。
詳しいところを知るためには、やはりモア本人にしつこく事細かく確認するより知る方法はないのだろう。
できればそのような変態チックな真似はしたくない。
「きみは津波がどの様なエネルギーをもって破壊をもたらすか、考えたことはあるかな?」
「ツナミ?」
はて、そのような名称聞いたことも無い。
「ああ、ごめんなさい、その情報は有していないみたいだね」
「ちょっと待ってくれ、いま思い出せそうな気がする……」
俺は頑張ろうとした。
「うう、駄目だ……」しかし試みは失敗した。
「まずもって海がそもそも縁遠すぎて訳が分からない」
「そっか、君の故郷は内陸地だったね」
とはいえ流石に知らないとなると、どうしてだろうか? 不安感がむくむくと発酵途中のパン生地のように膨らんでくるような気がして仕方がない。
「名称が意味する災害の破壊力が強すぎるんだよね」
モアは悲しみに似た憂いを瞳に暗くにじませている。
「原子爆弾二発分の二百八十倍の破壊力、そしてその持続力は百から千秒に至るからね」
「そんなの、人間が生きていられる訳ないだろ!」
思わず叫んでしまった。
ミッタが顔をしかめている。
「いきなりおおきな声をだすんじゃなかろうも」
「あ、ああ……すまない……」
ミッタに叱責されている俺の事をモアがやさしく、口元に笑みを湛えながら見ていた。
「そう、「普通の人間」は間違いなく死ぬ。その現象があの眼のなかに封印されているんだ」
「は?」
「十二年前の大災害、広がり続けた破壊は一人の少女の肉体全てを犠牲にして死者約二千三百人、行方不明者約千百人、負傷者約三千八百人に押しとどめた──」
「待ってくれ、……待ってくれ!!」
過去の出来事の多くがあまりにも現実味がありすぎて、俺の脳の処理速度をはるかに超える喪失が目の前に広がっていくような気がした。
「放置すれば、今度は魔法少女約一名の命では抑えきれない程の災厄がこの土地に訪れる」
しかし俺の苦しみなど構うことなく、モアはいずれ訪れるかもしれない事象についてを話し続けていた。
「と、されているけれど実際のところは分からないんだよね」
「分からない」
何故だろう、分かりやすく怒りや憤りの感情が湧き出すぎて止まりそうにない。
「分からないって、ふざけんなよ。誰か……になるかは分からねえけど、確実に誰かが死ぬかもしれないのに、それを止める方法も分からないのかよ」
どうして怒っているのか。
言葉の裏側について理由を考えてみる。マルチタスクは大の苦手だが、しかしこの場合に何もしないのはさらなる苦痛を伴う。
「災害ってやつがこの世界では怪物に変身するって言うなら、それなら……殺せるんだろ?」
そうだ、それだ。
方法ならば、この世界ならば作ることが出来る。
「その通りだよ、さすがルーフ」
気付いた事実が、どうにもこうにも、モアには嬉しいことのように思われて仕方が無いようだった。
「なに笑ってんだよ……」
実にのんきなものである。
今この瞬間にも誰かを死に至らせる危険がいびきをかいて眠っているというのに。
「いや、やっぱり君はどうしようもなく魔に属する存在なんだなって」
モアは俺の眼光を軽くあしらっている。
まるで怒り自体は気に留めることでも無いと言うように。
「少なくとも人間……「普通の人間」には出来ない思考だよ」
モアは俺が「普通」では無い事がとても嬉しそうだった。
心の底から喜んでいた。
「そういう気持ちを持った、勇気こそ、やはり君が彼らに王とあがめられる根拠たり得るのか」
「俺についての事なんてどうでもいいんだよ」
モアはあっさりと俺に同意する。
「そうだね、君はまだ何の価値も見いだせられていない、悪く言えば透明で、もっと悪く言えば無価値だ」
おおむね賛同するしかないが。
しかし、どうだろう?
「お前に言われるとどうしてこうもイラッとくるんだか……」
理由を考える暇は与えられなかった。
 




