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灰笛続き 12月12日 1348 泣いているのは誰だっただろうか

 気にすべきことはたくさんある。それこそアルプス山脈をぜんぶ合わせたとしても足りないんじゃないか。……いや、流石にそんな雄大な基準でもない気もする。

 ともあれ、灰笛(はいふえ)の空に浮かぶ傷口のようなモノ、巨大な眼について俺はあらためて考える。


「うん、大きさは、人間なんて簡単に喰われちまいそうなぐらいのサイズ感だな」


 ミッタが激しく息を吐き出していた。


「はあぁぁぁーーー……っ!」


 まるで魔法や魔術の二つか三つくらいは稼働させような、そんな具合の呼吸の質量であった。

 しかし幼女は魔法が使えない。

 何故なら彼女は人喰い怪物で、異世界から来た異世界転生者であり、しかも生まれ故郷は剣も魔法も無い土地なのである。


 ……ああ、でもさすがに剣は存在しているか。とうの昔に廃れていそうだが。


「つまらない! 実につまらない! 失望したぞあるじ様よ」


 どうやら怒られているらしい。


「あの美しき眼を見て、ああ大きいなあ、山のように大きいなあ、と? たったそれだけの言葉で語り尽くせる存在じゃ無かろうよ。あきれてものも言えんわ」


「めっちゃ語ってるが……?」


 俺の指摘は、おそらくだがミッタにはしっかりと聞こえているはずだった。

 なんてったって契約関係。

 通常の他人同士では得られないであろう共感の繋がりあいが、俺と彼女の間には存在しているはずである。


 だがどうだろう、俺はいままったくミッタの意見が理解できないでいた。


「楽しそうだねえ」モアが空を飛べる蝙蝠(こうもり)傘を片手に、俺たちのやり取りをニヤニヤと眺めていた。


「でもやっぱり、こういうのって百聞に一件はしかず、ってやつだと思うよ」


「どういうことだ?」


 何をするつもりなのだろうか、なんだか嫌な予感がする。

 だが予感と言えるほどの機能を稼働させた訳でも無く、気が付けばすでに俺の手はモアの手の中にあった。


「離れたところでコソコソしてないで、もっと近くで見てみよう」


 モアは左手で俺の手を引いている。

 紐同士を結び付けた風船が風に流されるように、俺の体はモアに誘われて「眼」の付近まで接近させられていた。


 近くで見ると断絶の合間にあるきらめきがよく見える。

 夜の暗闇にきらめくのは紫水晶(むらさきすいしょう)の濃密さ。

 何かが流れ落ちる気配がする、においはしない、無味無臭の気配が空間に満たされていた。


「ほうら、よくご覧なせぇ」


 ミッタが俺の背後からそっと抱きしめるように、肩ごしにささやき声を吹きつけてきている。


「真ん中の青さ、まるで遠き土地のナザールボンジュウのような美しさがあろうよ」


「その単語が意味するのがどんなのかは知らないが」


 だが青色は実に美しかった。

 月の光をたっぷりと吸い込む、青さは眼における虹彩を為しているらしかった。

 普段は周りの紫色に隠されて見えないが、こうして距離を詰めると色合いを子細に観察することが出来た。


 冷たい空気が口の中を満たす。

 目の外の暗闇から色が変わる境界線は忌避出来ないほどにハッキリとしている。

 外側から内側が明確に、内層はしっかりとこの世界の正しさから外れた異常さを発している。


 フツウじゃない。

 だがどうだろう、どうしてあんなにも美しいのか。


 夕暮れの時、空が青から黒に変わりゆく一時。

 黄昏時。太陽が回転によって土地に別れを告げる、名残惜しさは無言のグラデーションを空に描く。

 夕日の柔らかさが「眼」の中に再現されていた。


 ただフツウと異なっているのは、内層に至るまでに明るさが段々と増幅されている事だった。


 夕闇の地平線を長方形に切りとって、立っている地平線の反対側にある別の夕暮れを保存して、互いの画像をパズルのように重ね合せる。

 そうすれば太陽の光が円形に空をやさしく柔らかく輝かせている絵が出来る。


 当然そんな真似が現実に起こるはずがない。

 画像加工ならば可能かもしれない、そうしなければ実現しようのない奇妙さ。


 われながら変なイメージを作ったものである。


「シクシク……シクシク……シクシク……」

 

 ああ、ほら、現に俺の想像力の貧相さ具合に涙を流してくれる声の姿が……。


「……って、泣いてる?!」


 泣いているのは「眼」そのものだった。

 目玉としての存在を為しているのならば、涙を流すことだって不可能ではないはず。


 しかし神にも等しい存在がシクシクと、めそめそと涙を流している様子はある種の恐怖心を掻き立てられてしまう。


 いつだったか、俺は故郷の村で暮らしていた時に祖父の涙を目撃してしまった時の事を思い出していた。


 確か……妹についての実験が失敗した時だったような気がする。

 祖父の声が頭のなかで再生される。


「ああ、ああ 嗚呼……愛しの王子さまよ、また失敗してしまいました」


 敬語を使う、祖父は何か傷ついたことがあると俺の事を「王子さま」と呼んで敬おうとした。

 俺はそれがとても嫌だった。


「ルーフ?」


 俺の名前を呼ぶ、少女の声に空想の世界が現実と断絶させられていた。


「どうしたの? 急激な環境の変化に眩暈(めまい)がしちゃったかな?」


 モアが俺の事を心配してくれていた。


「そんな(ヤワ)なタマじゃねえよ」


 俺は気を取りなおして現象に目を向ける。

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