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灰笛続き 12月10日 1347 神様だって涙を流せるというのに

「なんて懐かしい表現!」モアはいたく感動しているようだった。


「懐かしすぎる。どのくらい懐かしいかというと久しぶりに帰郷した故郷の赤いみそ汁を飲んだ時のしょっぱさのように涙がこぼれるよ」


 分かりやすいのか分かりにくいのか、どうしても俺では公正なる判断を付けられそうになかった。

 味噌汁は白色の方が正直好きだった、よく祖父とそれでくだらない悶着を繰り広げ、結局妹の特性ブレンド合わせ味噌で折り合いをつけたものである。


 と、懐かしい温かな記憶の残滓を喉の奥の辺りに、俺は気を取りなおして冷たい空気を吸いこむ。


「名前はそんなに重要じゃない気がするんだが? タイトルなんてなんでもいいだろうがよ」


「何をおっしゃるんだい! 人気の作品になるためには、昨今じゃあやり過ぎなくらい説明口調になった方がいいんだよ」


「そうか? 俺は十文字以内で目的をパリッと明記したシンプルなのが良いと思うんだが……。

 ……って、ンなことどうでもいいんだっての」


「えー? 楽しそうなお話しだったのに」


 どこがどう聞いたらそんな風に聞き取れるというのだろうか?

 俺としてはそちらの方こそ議論を重ねたい内容でしかない。

 

 モアはまだ俺の声を、言葉を聞きたがっているが、しかしこちらにはこちらなりの好奇心のわがまま具合というものがある。


「あそこ」


 あそことはどこか。説明は比較的しやすい位置関係にあったと思われる。


「ちょうど俺が転移魔術をつかった場所、古城の真上にある……って感じでいいのか?」


「いいと思うよ」


 同意を求められる相手がモアしかいない。

 困ったことにモアならばたとえ俺が間違った事を言ったとしても、テキトーにOKを出してしまいそうな気配がある。


 もう少し公平な意見が欲しい。


「不安がる必要はないぞ、あるじ様」


「うわ? ミッタ!」


 おでこの辺りからポーンと小さな栓が抜けるような微かな快感が突き抜ける。

 俺の額に刻まれた傷跡から白色のふんわりとした塊が発現している。


「あーらまー!」


 モアが普段よりもワントーン高めの歓声を上げていた。


(ゴミ)のようにつまらないルーフから水クラゲのように可愛らしい幼女が出てきたよ!」


「誰がゴミだこのヤロウ」


 褒め言葉の比喩表現もいまいち共感しづらいし。

 ツッコミどころがたくさんありすぎている。


 不満を抱く俺にミッタがアドバイスをしてきている。「まずは口を(つぐ)むことをおすすめするぞ? あるじ様」


「分かってるって……」


 話し出したら止まらない。

 体は沈黙を望んでいるというのに、疲労感はしかしながら好奇心の足踏みにいとも容易く踏み潰されてしまっている。


「いきなり出てきてどうしたんだよ、ミッタ」


 俺は、俺と契約関係にある異形のもの、かつては人間が暮らす異世界からはるばるこの世界に転生ないし転移、あるいは召喚された存在に質問をしている。


 ミッタが俺に答える。


「懐かしい空気につい興奮してしまってな。

 いやしかし、実に懐かしいのう」


 ミッタは空中にフワフワ、ゆらゆらと水クラゲのようにたゆたいながら雨雲の上の空気を全身に堪能していた。


「そうか、お前は異世界……魔法が無い世界から来たんだっけな?」


 俺が思い出した事項についてミッタがふむふむとうなずいてみせている。


「主に金属と木材とガソリンとプラスチック、あとは最近だとスマートフォンに支配されつつある世紀末の向こう側な世界観じゃったのう」


「へえ……」


 想像してみる。


「ん? それって俺たちの暮らす世界と大して変わらなくね?」


「そんなことより! 見るがよい、あの傷、うがたれた穴、眼の美しさを」


 俺の指摘をミッタは無視した。


 幼女がビシリ! と指し示している方角。

 確かに指先の方角にはいかにも魔的な、魔が差してしまったかのような異常性が広がっていた。


「今日はずっと雨だった」


 俺は理由を語る。


「だから地面の上からじゃ、あの綺麗な眼は見えなかったというワケで」


「そうじゃのう」


 ミッタはまるで自分自身が登壇に重ねて民衆の注目の的の果てにキンキラと光り輝く勲章を受け取ったかのような誇らしさを抱いている。


「我らが下卑なる異世界転生者の頂点に座する、この世界において最大に力を有しておる怪物の目ン玉じゃからのう」


 灰色の毛先を震わせる幼女の言う通り、やはり「それ」は眼のような姿かたちを有していた。


 まずもって想像しやすいのはアメジストの晶洞(しょうどう)

 ドーム状に縁どられた壁の曲線一面に葡萄(ぶどう)色の濃密な艶めきが密集している。


 組織の密集が空間の中、俺を含めた視線の中へあらわになってしまっている。

 状況はまるで(けだもの)に喰いちぎられた肉の断面図を目にしてしまったかのような悲しさ、苦痛、喪失感を想起させる。


 紫色は()(かっこ)の形のような枠に抑え込まれている。


「大量に放出される魔力を最小限に抑えておるようじゃの」


 ミッタが俺に眼についての情報、現状推察できる内容を言葉にしてささやきかけてきていた。


「まさかあれがただの傷口、平らかなる花虫がうじゃうじゃと湧き出る凡庸なる傷口と異なっていることぐらいは、おまえさんも流石に分かると思うのじゃが?」


 どうなのだろう。考えてみる。

 考えて、まずは簡単に答えてみた。

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