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灰笛続き 12月7日 1つ 1339 認知されている事がこんなにも嬉しいなんて

 ハリは「やれやれ」と言った風に目をかすかに細めている。


「気になるなら、仕方ありませんよね」

 

 細めた目をそのままおもむろに閉じている。

 密封したまぶたの裏側。俺を含めた他人全てが認識することのできない、魔法使い先生ためだけの暗闇が密かに生まれている。


「無理はしないでくださいよ」


 ハリは俺のことを心配してくれている。

 気遣いの言葉を発する、唇からまた新しい血液の雫がツツと赤く細い筋を描いて流れ落ちていた。


 魔法使いの色白な頬に落ちる血液の気配。

 新鮮な循環器官の柔らかさ。色合いはショートケーキの上に艶めく苺のような印象であった。


「ただ見に行くだけで、無理もへったくれもないだろうよ」

 

 そういう訳では無いのである、とハリは俺に言いたそうに唇を少し開いていた。


 息を吸って言葉を作ろうとした。

 だが上手くいかなかったようだ。


「げほっ!」


 呼吸を思い出した途端に咳の気配が再発したらしい。

 とっさに抑えようとした手の平へ、また新しい血液の塊が付着したようだった。


 抑えきれなかった血液の小さな雫がまた古城の地面を雨と共に濡らしている。


「治癒魔法、上手く出来なかったようだな」


 俺は申しわけなさで胸がいっぱいになる。


「そんなことは……」


 ゼエゼエと苦しそうにしながらハリは俺のことをはげまそうとしていた。

 だが今は、励ましの言葉よりも原因のことを知ることの方が優先だった。


 そうしたいと思う、そのこころだけで俺はドアの外へと体を移す。


 扉の外に身を乗りだす。

 まずもって優先すべきなのは通り抜けて来たばかりの扉を閉めることだった。


 また危険な空気を魔法使い先生に吸わせるわけにはいかない。

 これ以上の出血は貧血などの危険な症例に繋がるリスクがある。


「あ、ルーフ君……!」


 なおもハリは俺のことを心配してくれていた。

 お気持ちは有り難く、光栄な気持ちすら覚える。


 のだが、しかしいかんせんしつこいとも思ってしまう。

 一体何がそんなに憂うことがあるのだろうか?


 もしかすると魔法使い先生は何か事情を知っているのかもしれない。

 そして俺がそれを知らないだけ、ただそれだけの事なのかもしれない。


 まあ、あとで聞けばいいか。

 そう言いながら俺は扉を閉じて、外側に向かっていた。


 足を踏み出した先は空の上だった。

 風が鳴っている。まずはなにより足場を確保しなくてはならない。


 空の上で足場を確保するなんて、そんなこと故郷の村では考えもしなかった。

 もしも誰かが「空の上を歩きたいんですけど……?」と問いかけてきたら「なにアッパラパーなことを言ってやがる」とキレてかかったに違いない。


 昔の時分について確信を抱きつつ、俺は現状において問題を解決するためのイメージを作ろうとする。


 方法はさして難しいものではなかった。

 何故ならすでにマヤの使用例を見ているからだった。


「イメージ……想像する、想像する……」


 想像する。

 俺は青空と階段についてのことを想像した。


 ニンゲンの意識、こころが作りだしたイメージに従って扉がかりそめの実体を構築してくれる。


 扉の形状に象られた転移用の魔術式、そこに組み込まれた術式によって俺の足元にまた青色の階段が生成されていた。


 相変わらず異様なまでに美しい青色を持もっている。

 階段はまるでソーダ珪灰石(またの名をラリマーと言う)のように鮮やかな青色を有している。

 白色を含んだ艶やかなブルーは湿度の多い晴天を想起させる。


 青い階段は、しかしながらマヤが使用してきた時よりもだいぶ形状を変化させていた。

 それもそのはず、俺の目の前にある階段は下側……灰笛(はいふえ)の街並みでは無くその反対側、つまりは雨雲へと目的地を差し向けている。

 

 下りの階段では無く昇りになっている。

 

「よしよし……いい子だ」


 俺は魔術式が大人しく言うことを聞いている事にまず安心を抱きつつ、いま一度勇気を振り絞って足を前に踏み出す。


 しばらく階段を上る。

 さすがは古城の魔術式と言ったところか、無駄に洒落たデザインだと思っていた手すりがいまはとてもありがたい。

 

 使い慣れていない義足が肉体に過度なる疲労感をもたらしている。

 しかしまだマシであると、俺は自分の優遇について考える。


 これがもしも「普通」の義足であったのならば、こんな短時間で単独の行動を起こせられる余裕など無かったはずだ。

 使い始めて義足の便利さを実感している。


 現状は義足に組み込まれた魔術式が、俺に「よろよろと階段を登れる」可能性を作りだしてくれていた。

 

 例えば健常者のようにひとりで歩いたり、階段を登ったりするためには本来時間をたっぷりと有した訓練、リハビリテーションが必要になるはずだ。

 だが魔術式は時間の必要性を無視して、すっ飛ばした先の展開を利用者に提供している。


 バランス感覚を無理矢理に正常に近しいところに戻している。

 魔術の稼働はせわしなく俺の感覚、皮膚に触れ合ってきている。


 微かに紙粘土のようなしっとりとした気配を覚える。

 このにおい、俺はミナモのことを思い出していた。


 彼女の工夫した魔術に頼りながら、ついには俺は雨雲の内部へと登りつめていた。

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