灰笛続き 12月6日 3つ 1338 雨と雪と、何よりも他人を置き去りにして好き放題したいのだ
魔法がうまく言ったことに油断をしていたのかもしれない。
しかしどうだろう、弾には慢心するのも悪くないという気分でもあった。
「ルーフ君、待ってください」
まだ完全にダメージから回復しきっていないハリの声。
「無理をなさってはいけません、このままだと……」
とても弱々しい声音に俺は返事をする。
「さっきまで無理しまくっていた奴に言われてもな。説得力が皆無だっての」
嫌味っぽい雰囲気を含ませるのは、相手に俺への憂慮を少しでも減らしたいという試みから由来していた。
腹をたてられるのならば、やはりそれだけ体力が残っているということになる。
この計算式は祖父ゆずり、よくそのような言い分で茶化されたものである。
「せっかくだからあんたをそんなふうに苦しめた、現況を触っても罰は当たらないだろうよ」
俺は再び扉に近づく。
ビターチョコレートの板のような形状をした扉。
ドアと言う形質に整えられているのは、古城と言う名の組織が開発、提供をした転移のための魔術式の一つだった。
俺はドアを開けて外を見ようとする。
「…………?」
指先に違和感を覚える。
痛みであると気付いたころにはドアノブはすでに回転をし終えていた。
気のせいだったのだろうか?
もしかすると使い慣れない魔法に魔力回路やら感覚神経、痛覚が過度に反応してしまっているらしい。
「ハテナ先生はそこで大人しゅうしとってや」
ドキドキとした気持ちが自然と方言を紡ぎだしてしまっている。
言葉を訂正することもないままに、俺はドアの向こうに少しだけ身を繰り出していた。
「ルーフ君……!」
ハリの声が背後に聞こえる。
まだダメージが肉体から完全に抜けきっていない影響か、声音は風邪をひいたように粘液で湿っている。
扉を開けることで魔法使いにダメージが出てしまわないか。
先ほどは暴風雨が古城内の空間に侵入してきた、それによる空気の変化が魔法使いに害をもたらした。
と、そう思う。
仮定を決めたところで俺の行動はまず一つ決まっていた。
「ちょっくら行ってきます」
「どこに?」
扉に手をかけたままで、振りかえればハリの姿が確認できた。
彼は俺のことを見ていた。
楕円形のレンズの奥、右目は木々の葉脈のような緑が萌え、左目は麦藁色が鮮やかな左目がきらめく。
眼鏡の奥の瞳は丸く見開かれている。
魔法使い先生は俺の行動の意味がまるで分からない、理解できないようだった。
「もちろん、扉の外へ文句を言って来るんだよ」
そうしなければ、俺の気が済まない気がした。
「なぜに?!」ハリは俺の行動についてまったくもって理解できてい無いようだった。「そうする必要性はどこに?! あるのですか」
それはもっともである。
俺はハリに答えるために頭のなかで解答を考えようとする。
「うーん……?」
三秒ほどたっぷり時間を必要として、俺は考え付いた言葉を舌の上に用意する。
「そりゃあもちろん、大事な先生のため……。
尊敬すべきハテナ先生のため。あんなにも素ばらしぃイラストやマンガを描ける、作れる、一流の魔法使いな貴方の大事な大事な健康を害したクソに一発文句やらクレームを叩き付けたい……」
色々と理由を並べ立てている。
しかし、どうなんだろうか? どうにもこうにも説得力に欠けている気がしてならない。
もちろん嘘をついている訳では無い、それは断言できる。
「そう、大事なハテナ先生のために……」
当の本人である先生が俺のことをとても気持ち悪いものを見つけてしまったかのように見てきている。
キモがられるのは心地よいとは言えないが、しかし同時に確かな安心感を得ているのも事実だった。
変えようのない安心、相手に認識してもらえているという実感。
逆を言えば他人に認識されない、無視されている、透明な存在として扱われる苦しみはまったくもって皆無だった。
いつからだろうか、透明になることが苦しいということ、その事実に気付くことが出来たのは。
「…………」
他所事にかまけていると、どうしてだろうか、大事な答えの方が先んじて思いついてしまっている。
「違うな、ああ、ぜんぜん違う」
現実逃避の活力が言葉をクリアにしてくれている。
俺はハリに向けて本音を語っていた。
「ただ見たいだけだよ。だってそうだろう? この都会を呪う雨がどんなものか、ずっと気になっていたんだ」
視線を上に向ける。
古城の上空、俺たちが立っている地面の上、空には雨雲が広がり続けている。
一つの隙間もなく、隈なく空を覆う雨雲が誰かの意図に従って造られているものであること。
それもまた俺が苦痛の正体を認識し始めたことと同様に、この灰笛に訪れて初めて知った情報のうちの一つであった。
「せっかく目の前に確かめる方法があるんだ、確かめないでどうするよ」
「結局自分のためですか」
ハリは俺の方を呆れたように眺めている。
失望させてしまっただろうか?
気になるが、直接彼に確かめる勇気を作るには時間がかかりそうだった。
しかし、魔法使い先生はもう俺のことを止める気は無いようだった。
意見を聞いた、あとは好きにしろ。
ということだろうか、そういうことにしよう。
俺はドアノブに手をかける。




