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灰笛続き 12月5日 1335 すぐに答える青色は美しく輝きすぎていた

「待つんだ、頼むから待つんだ。そんな玉子かけごはんに醤油を吹っ掛けるような気軽さで自殺しないでくれよ」


 俺はマヤに懇願をしていた。


「自殺願望とか希死念慮とかに否定意見を述べるわけじゃねえよ?

 生きていればそれだけ良いことが起きるかもしれないだとか、そんな宝くじで一億当てるよりも不確実な可能性に(すが)り付こうなんて、そないな虚しい悲しい(いや)らしい願いごとに頼ろうなんておもっとらんよ? ほんとなんよ。

 だけどせめて、せめて……! 俺の目の前で死ぬのはやめてくれへんか?」


 段々と故郷の方言が漏出してきているが、しかし自分の言い分を止める気にもなれない。


「俺の気分の問題なんだって。

 だってそうだろう? 目の前で訳も分からないままにニンゲンが死ぬのって、いくらなんでもこの世界が滅びかけであったとしても、気分の良いものじゃ……──」


「うん、その意見には大体賛同できちゃうってカンジー」


 俺の意見を雑に中断させている、マヤはすでに足の先を扉の外側に進ませていた。


「でも安心しなよぉー。オレには翅があるんだから、このぐらいの暴風雨ならなんてことないんだって」


 むしろその翅の美しさが俺に強い不安を抱かせている事には、まだ翅の持ち主は気づいていないようだし、この場面でそこまで理解力を至らせる気も無さそうであった。


「すくなくとも人喰い怪物や暴れ狂い咲き怪獣に襲われて食べられるよりかは、ずっと安全だよー」


 そう言うものなのだろうか?

 俺が疑っているところにエミルがおおきめのうなずきを返していた。


「確かに。さすがにこの灰笛(はいふえ)でずっと宝石商売をなさっている家系の知識は目を見張るものがある」


 ウンウンと納得をしている。

 現役の魔術師が安心しているということは、最低でもマヤが死を迎える場合は訪れないということが想像できる。


 しかし実際の結果をこの目で見ないかぎりには信じられそうになかった。

 実例を確認しなければ。

 意欲が俺の肉体に活動力をもたらしていた。


 まずは魔法使い先生の拘束力を解かなくてはならない。

 自由に動けることを相手に説かなくてはならない。

 しかしこの行動は割かし簡単に済まされそうであった。


「ゴホッ! ゴホッ! ゴホゥ!」


 風雨の質量が気管支の奥、侵入されてはならない粘膜に侵害してきていたらしい。


 咳き込んでいるハリの腕から俺は体をそっと離す。

 無意識で右足を前に出す。


 身に着けている義足、昆虫や鳥類の歩行器官を模した形状がしっかりと俺の体重を受け止め、支えていた。


 よたよたと歩きながら俺は扉に近づく。

 風雨は最初の暴走ほどの質量をいくらか失っている、今は少し強めの風程度になっていた。


「ほらほら、風も雨も段々と落ち着いてきたってカンジー?」


 マヤはチョイチョイと爪先を扉の外へとはみ出させている。


「あ……危ない……」


 呼び止めようとした、俺の言葉はまた風の音に掻き消されていた。

 暴れ狂う風の質量に押し潰されたという訳では無く、今度はただ単に俺の音声が尻すぼみに小さくなっていっただけであった。


「……って、なんだ……これ?」


 扉の向こう側、古城の外側、マヤの足元。

 そこに透明な階段が形成されようとしていた。


 後はもう俺が人呼吸をするうちにほぼ完成されている。

 階段は氷のように透き通っていて、ご丁寧にロココ調を含ませた簡易的な手すりまで付属している。


 階段はほのかに青みを帯びた透明度を輝かせている。

 

「青空だ……!」


 見たままの感想、思いついた記憶から色彩の姿を結び付ける。

 青さは目が覚めるようだった。起きて土を踏む時間のあかるさ、青色は空の本来の色に類する美しさを有している。


「青空を切り取った階段が出来ている……!」


 青さは輝いていた。

 空の青色を帯びた階段はワイヤード固定電話の有線のようにクルクルと渦巻いている。


「わあ、ステキな例え話」


 俺の感想文についてマヤが珍しく心から感心した様子を見せてきていた。


「ふうん? 青空ってこんな感じの色をしているんだー?」


 ティースプーン一杯分のわずかな驚きを抱き、マヤは迷うことなく階段に足を踏み入れている。


 壊れてしまわないか? 雪の結晶のように、指先の血液の熱だけで溶けてしまいそうな繊細な気配がある。


 しかし俺の不安はまず杞憂に終わった。

 階段はあくまでも階段らしく己の機能を遂行している、マヤの体を螺旋の内部にしっかりと受け止めていた。


「ほらねー?」


 マヤは嬉しそうに俺の方に振り向いてきていた。


「空を飛べなくても、この世界なら空の上からお家に帰ることだって出来るんだってー」


 恐れることも疑うこともしない、必要ないと彼は判断している。


 信頼……と呼べるほど大層なものでも無い気がする。

 ただ安心するだけだった。

 安心を抱けるぐらいにはマヤは自分自身の翅を信じている。

 空を飛べる自分自身の方法を信じているらしかった。


「それでは、グットバイ!」


 びしっとサムズアップ。

 マヤは古城の外から自宅へ、灰笛(はいふえ)にある自分の家へ帰っていった。


「げほっげほっ、げほっげほぅぅ……」


 魔法使いの咳き込みが聞こえてくる。

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