灰笛続き 12月3日 2つ 1334 彼が信じている色々についてのこと
「キミがとんでもない金持ちであれば、ただ、ただひたすらにオレの自己満足がいっぱい満たされるんだよー」
「そこだけ聞くとまったくもってくだらなさそうだな」
「ヒュウ♪ 冷たいね」
「そうでもないぜ?」
俺はマヤの言い分を否定する。
「他人がどうしてそんな風に感動を覚えるのかについては、ものすごく興味があるよ」
決して嘘はついていない。しかしどうにも言葉の選び方が格好つけすぎていて落ちつかない。
「マヤが何に満足感を得るのか? ぜひともお教えいただきたいところだ」
都合が良すぎて、俺は自分自身の言葉に歯が浮くようなこころ持ちになる。
「そんなの簡単だよ」
俺の疑問に宝石店の店員である彼が答えている。
「品が良いヒトを見たいんだ、オレは」
「品が良いヒト?」
「そう! この滅びかけの世界で、正しく清く気高く、礼儀正しさを自然に身に着けている金持ちにあいたいんだ」
マヤは情報を舌の上に書き加え続けている。
「後天的な礼儀正しさとは違うよ? 意図的に作られた偽物には興味はない。そんなのものは所詮まがい物、ちょっとこころを誘惑しちゃえばあっという間に本性がポロリと見える」
マヤは演技がかったように顔の中心へしわを寄せている。
「そうなった時はもうサイアク……。道路に落ちているカエルの轢死体を踏んじゃった時よりもゲロゲロなメンタルだよ」
相当嫌なのだろう。
状況を想像するだけで、マヤは疑似的な吐き気に顔をいつになく真面目に青ざめさせている。
かと思えば次には良いことを考えているらしい、頬に赤みが取りもどされていた。
「それに比べてルーフクン、キミはホントに、ますますサイコーだよ」
俺のことを凝視している。
マヤの視線の背後、三角に長く尖る耳の形の向こう、妖精族特有の翅が魔力の気配を揺らめかせている。
「本物の上流……! 下側の庶民はあくまでも管理し、消費し、場合によっては破棄する。そういった対象としか思っていない。
選ぶ側。決して選ばれることは無い、受動ではない、能動的な世界に生きる存在」
マヤが俺のことを凝視している。
……俺のことを語っているのだろう。
「本物の金持ちを見たいから。だからオレはこの「仕事」が大好きなんだよ」
マヤはそこで語り終える。
「そういうカンジー。
だからさ」
宝石店の店員である彼が俺に笑いかけている。
実に、人生が楽しくてたまらないと言った感じの、素晴らしい笑みであった。
「ルーフクンとは今後とも仲良くしたいんだよ。
というワケで、ラインやってる?」
気が付けばマヤは俺のすぐそばで、手元に一台のスマートフォンを構えていた。
「ライン……?」
単純に線を意識している訳では無い。それだけは頭のなかで理解できた。
「連絡先を交換したがっているみたいですよ?」
ぼんやりとしてしまっている俺に、ハリが情報を必要な分だけ補おうとしていた。
「どうします? ねえ、王子さま」
選択肢を目の前にされていて、魔法使いはあえて俺に不快感を上乗せしようとしている。
そうしたがっている。
のは、魔法使いにとっては宝石店の店員である彼は好ましい存在ではないということなのか。
ややあって。
「それじゃあ、今度こそサヨナラー」
マヤは今度こそ扉を開けようとしていた。
指先はすでにドアノブに触れている。
「ああ、さようなら」
できればこのまましばらく会いたくないのが本音ではある。
しかしそうはならないのがマヤの願望で、結果はすでにデータとして俺のスマートフォンに記録されてしまっていた。
「やったねー♪ すてきなトモダチをゲットだー♪」
「いや、友達になったつもりなんて無いんだが……?」
しかしマヤはすでに俺の言葉を聞いちゃいなかった。
「グットバイ!」
さあ、扉を空けた。
次の瞬間。
ドアの向こう側。
ビュウウウウウウウゥゥゥゥゥゥンンン!!!
「わあ?!」
とてつもない突風が襲いかかってきていた。
あっという間にマヤの全身を包み込む風の質量は当然と言えば当然、原因は扉の向こう側に繋がっているらしかった。
どどうどどうどどう、「どうやら」どどうどどうどどう、「アクセスした場所が……」どどうどどうどどう。「だめだなこりゃ」
エミルが何かを言っている。
「エミル?! なに言ってんのか全然分かんねえんだけど?!」
突風豪風、プラス書き加えて大量の雨の雫たち。
それらの質量に掻き消されないようにするだけで精一杯であった。
「えー? なんだってー?」
一生懸命張り上げた声も残念ながらエミルには上手く届いていないようだった。
「クソ……めんどくさいな……!」
どうしたものかと考えあぐねている。
そうこうしているあいだにマヤはさっさと扉の外へとその身をひるがえそうとしていた。
「それじゃあ、サヨナラー」
「いやいや、待て! どう見ても危ないだろ!」
マヤのあまりにもサクッと気軽な様子は、途轍もない異常性のなかで俺の視界に存在感を主張してきていた。
呼び止めなくてはならない、そうしなければ相手は死んでしまう。
無意味な死だ。宝石にもなれなければ灰にすら至れない。
俺はマヤを呼び止めながら考える。




