灰笛続き 12月3日 1つ 1333 流行が通り過ぎたら散歩でもしようか
質問と言えば聞こえが良いが、その実はただただ妖精族の若い男の肉体、とりわけ翅をじっくり観察したいがための口実であった。
「どうしたんだよ? 扉を使わずに今から飛んで帰るのか?」
翅を使えるのならば、まあ、不可能という訳では無いのだろう。たぶん。
「イヤだよ。こんな暗い中で空を飛ぶなんて、夜型の人喰い怪物の格好の餌食じゃないかー」
俺の世間知らずな回答にマヤが呆れを抱こうとしている。
「昼間の内の魔術師や古城や、魔法使いのあれやこれやが守ってくれるうちはいいけれど、やっぱり夜はいつの時代も危険だよ。
たまたまノンキにのほほんと飛んでいたところを怪物に襲われて、助けてくれた魔法使いが正規じゃない、限りなく灰色な事務所でとんでもない報酬を要求されたらどうするってカンジー?」
「そんなこと知らねえよ」
と言うかそのような状況がありえるのだろうか……。
少し考える。
…………。
「…………まあ、あり得なくはないか…………」
つい最近俺もとある魔法使いに法外なる報酬を要求されたばかりだった。
「あれ? まさかのまさかに実感があるカンジ?」
マヤがにやにやと好奇心を俺の方に向けてきている。
嫌らしい、下劣な関心。
しかし感情の動きに反応する背中の翅は悦びに美しく妖しいきらめき、新鮮な魔力の気配をキラキラとさせていた。
「ああ……」彼の翅の美しさに免じて俺も個人的な事情を話すことにする。
「命を救ってもらった代わりに残されたただ一人の家族を人質に。
最愛の女の作る飯や選択された清潔な服や部屋。
汚れちまったかなしみを癒してくれる雪色の愛らしいふわふわの羽毛。それら全部を報酬として質にとられたよ」
「マッジでー! チョーサイコー!」
笑みを爆発させた後でマヤは申し訳程度に口の穴を狭くさせる。
「じゃなくて、うん、それはサイナンだったねー」
どうやら同情するだけの、たったそれだけの社会性は有しているらしい。
普通だったらここで悲しみを共有するのも一興なのだろう。
そうすることで癒されるこころの傷もあるにはある。
だがしかし、どうにもそのような心情にはなれそうになかった。
と言うかむしろ、俺はマヤの反応に不満を抱いている節があった。
「もっと責めてくれたらいいのに」
そうされるべき罪はしっかりと犯したつもりだった。
よもやまだ足りないというのだろうか? 捕食した幼女の数が足りなかったのだろうか?
「ミッタを食べるだけじゃなりなかったのか?!」
「なにを言っているんですルーフ君?!」
ハリが思わず俺の体から手を離していた。
静電気に遭遇してしまったかのような不快感は、時間を秒ごとに刻々と経るごとに油汚れのようなねばつきを増幅させているらしい。
「ついに変態趣味に……前々から怪しいと思っていましたが」
魔法使い先生の予想もまた当たらずとも遠からず、なのかもしれない。
ここもやはり訂正をしなくては後々に間違いが尾を引くのだろう。
しかし俺は自分の尊厳以上に気にすべき情報に集中力を割いている。
そうせずにはいられないでいる。言葉は本能のままに荒野を進みたがっていた。
「ところで、俺の名前が偽名であることがそんなに驚くことなのかよ?」
俺と魔法使い先生、ちなみに魔術師は平坦とした表情のまま、ともかく二人の人間のこころを誘惑させた魔力の気配。
その出所について、俺は本人に原因を探る。
「だって、今どき日照権に暮らしているヒトでも偽名を作る古風な家系なんてそうそういないよ?」
マヤが理由についてを語っている。
フツウならば、この世界を基準としたフツウならばそれだけで納得し得るのだろうか?
考えようとしたが、すぐに止める。まずもって俺はまだ理解をすることが出来ていないのだ。
俺の疑問にマヤは異物感を覚えつつも、しかし必要最低限の礼儀を以て無知なる俺に情報を提供してきている。
「古いお呪いの方法だよ。
真名を知られることは命を掴まれる事と同様。そういう教え、リフレイン教の経典にもあるんじゃないかな?」
天使を信仰する宗教、と言うよりかは思考の在り方の一つについてを簡単に語っている。
「だから本当の名前は最上級の宝石のように守って、本当に大切な人以外には教えない。
で、代わりの名前、偽名を同時に保有する。
つまりはこういうこと。戦前にはいっぱいあった習慣だけだけどさー……」
その当たりでマヤは本題、少なからず彼にとっては最も重要である内容に踏み入っている。
「現代においてその習慣を大事がるなんて、身内至上主義に凝り固まった古風な家柄ぐらいなものだよ。
もしかして? もしかすると? キミの身内はとんでもない高貴な出なのかもね?」
「うーん?」
身内、か。
つい最近だと怪しい新興宗教的集団のリーダーが実の父親? っぽい情報は得られたばかりである。
だがその辺の事情についてはマヤにとってはどうでもいいことなのだろう。
俺の情報の詳細よりも、それよりも彼は予感に酔いしれたがっているようだった。
「そうかーそうなんだなー♪」
「どういうことなんだ?」
マヤが俺に答える。




