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灰笛続き 12月2日 2つ 1332 美しいものとそうでないものを口の中に溜めるリス

「クソダサメロディーいただきましたッ!」


 悲しいかな、宝石店の店員である若い妖精族の男と俺の感性はこの瞬間、この場面においてそれなりの高クオリティのシンクロを果たしていたらしい。


 マヤが魔術式の起動音についての感想をこぼしている。

 利用者の率直な意見を聞き入れた。エミルは淡々とした様子で情報を受け入れていた。


「そうですか。このメロディーサンプルは灰笛(はいふえ)在住の宝石店経営者には不評であると、開発担当者に伝えておきます」


 エミルはフムフムと頷いている。

 古城の魔術師の対応を聞きながら、マヤは「やれやれ」と言った様子を継続させていた。


「困るんだよねぇ、この灰笛(はいふえ)を代表する同業者組合(ギルド)なんだからさ、もっと洗練されたデザインセンスを目指してもらわないとー」


 そんな高尚な目標を持っているとは、俺はもしかするとあのマヤと言う男をいくらか誤解していたのかもしれない。


「これじゃあいつまで経っても塔京(トーキョー)のイケてる都会っ子に勝てっこないよぉー」


 ……いや、ただの田舎者の妬み嫉み僻みなのかもしれない。


「それは致し方ないところだな」


 宝石店の店員の言い分に対し、エミルは意図的に緊張感を解いた様子で相手に意見を述べている。


「所詮ここは冴えない地方都市、その名も灰笛(はいふえ)だからな」


 暮らしている当人がそういうとは。

 俺はエミルの意見に深く感心してしまっている。


「そもそも名前自体、この灰笛(はいふえ)の本当の名前じゃないからな」


「え?」


 驚きが感動へと変わりゆく変容の最中(さなか)、新たに書き加えられた情報が目の前に落ちてきた、ような気がした。


 道を歩いていたら目の前に六枚の万札(しかもピン札)を見つけてしまったかのようなこころ持ちであった。

 拾うか拾うべきかで考えれば拾うしかない。しかし拾った瞬間に厄介事に巻き込まれる、兎にも角にも他人事では済まされない、そんな確定事項であった。


「偽名なのかよ!」


 とりあえず獲得できた分の情報を自分の内層に受け入れる。現状それだけの事しか出来ない。


「なんだぁ、知らなかったのー?」


 マヤが俺の方へ驚いたような視線を向けてきていた。

 宝石店の店員である彼が抱いた驚愕について。決して自分にネガティブキャンペーンを働く機能葉有していないにしても、しかし異物であることには変わりない。


 マヤは俺のことをとてつもなく珍しいモノであるかのように凝視していた。


「なになにー? ルーフクンってもしかしてトンデモにとんでもないもぐりってカンジー?」


「ああ、うん……そうかもしれないな」


 知らないことが多すぎている事に関しては、残念ながらそういうしかないのだろう。

 別段そこに不快感は抱かない。


「って、違うかー。どっちかって言うと、最近流行した言葉で言えば上級国民ってヤツかもね」


 せっかくこちら側が否定の意を受け入れようとしているのに、にもかかわらずマヤはお構いなしに次々と新しい言葉を投げつけてくる。

 さながら故障したピッチングマシーンの投球範囲内に(はりつけ)にされたような気分である。


「ゴミクソにお金持ちで世間知らずで甘々に甘やかされて育ったから情弱のよわよわ甘辛しっかりジャクジャク味なんだよねー」


「いやあ、それほどでも」


「ルーフ君?!」ハリが俺を叱責するようにしている。


「感謝してはなりませんよ! 思いっきり馬鹿にされているのですよ?!」


 そうは言うが、しかし大体において事実でしかないので仕方ない。


「っていうか、俺もこの名前は偽名だしなあ」


「マジで!」


 マヤがさらにびっくりしていた。

 驚愕は俺が想定している以上に彼に重大な意味をもたらしたらしい。


「ひええ~!!」


 おそらくは心臓が激しく脈打っているのだろう。

 舞台の袖に息をひそめるデビューしたてな新人役者の息遣い、心臓の音がマヤに必要以上の過度な魔力の増大を引き起こしていた。


 マヤはくしゃみをする。

 気道が広がり気管支が異物感を覚えたらしい。


「バエッッッッックショイッツッッ!!!!」


 汚いなあ、と言うべきだったか。

 しかし俺はその言葉を使うことが出来なかった。いや、むしろその言葉に該当する、原動力たり得る感情すらも抱くことが出来なかった。


 不可能だった。何故ならマヤの姿は美しかったからだ。


 ……別に俺が今この瞬間、限りなく限定的でニッチで狭苦しい性癖に目覚めただとか、そういう状況ではない。


「うわあ」


 どうやら俺と似たような感覚をハリも抱いていたらしい。


「翅がキレイですね……」


 感動したくないのに、目のまえの美しさにこころを動かされそうになってしまう。

 まさに妖精族の蠱惑的魅力、魅力の魔力であった。


濃霧(こいきり)の血筋ですか……」


 ハリがこの世界における妖精族の名称の一つを呟いている。


 呼び名に反応したマヤがこちらを向いている。

 彼の体の動きに密接して翅が小さくひらめいた。


 烏揚羽(カラスアゲハ)のように艶やかなグラデーションを持つ翅はオブラートのように薄い。

 しかし確かな素材感はビルを覆う強化ガラスのような力強さを有している。


「翅がでちゃったよ」


 マヤは少し恥ずかしそうにしている。

 俺は、とりあえず質問をする。

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