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灰笛続き 12月2日 1つ 1331 怖いことと面白いことが隣り合わせでゲラゲラゲラ

「仕事のほとんどはマヤさんでは無くミナモのおねえさんによるものですけれどね」


 宝石店の店員の満足感をハリが静かに、余裕を含ませながら否定していた。


「この攻撃力満載なデザイン、人間の意識を拒絶しまくるワガママさ。相変わらずエッジの効いた構成にボクはもう腹の底がずくずくと痛むように感銘してしまいます」


 ハリは少し鼻の穴をふくらませている。

 ふこふことした呼吸の気配が、彼に体を支えられている俺の毛先を揺らしている。


(グレー)を基調とした色彩に流線型を描く(すね)の螺旋。

 間接には人喰い怪物の骨を素材そのままに砕いて形成させたボルトと歯車を噛みあわせることで本物の人体の持つそれと遜色ない稼働能力を備えていると見える」


 ぶつぶつと呟きながら、ハリは俺が身に着けている義足についての考察を深めようとしていた。


「先生?」


 このまま放置していたら延々と語り続けるだろう。そう簡単に予測できてしまえた。


「ハテナ先生……」


 だから俺はあえて相手が嫌がる呼び名を使うことにした。

 効果は表れるか。


「とりわけ爪先のデザインは目を見張るものがある。まさか人体の構造を丸ごと無視して、放棄した果てに鳥類と昆虫類の特徴を宿した規則外の造形を拵えるとは。

 いやはや、これで果たして本当にしっかりと王子さま約一名の体重を安全かつ健康に、確実に運用することが可能と言えるのだろうか?」


 どうやら効果は無かったようだった。

 俺の話など聞いちゃいない。しかしてこっちが嫌がる呼び名を使った分、相手もきっちりこちら側が嫌だと思うだろう呼称を使っているところ、完全に意識をシャットダウンしている訳でも無いようだ。

 なんともめんどくさい。


「いやあ、それほどでも」


 俺が悩みごとに身を投じようとしたところで、少し高めの音声にてエミルが魔法使い先生に話しかけていた。


「そんなに褒めてもらうと、オレなんかは羽が生えてどっかに飛んでいっちまいそうだよ」


「いえ……エミルさんを褒めた訳では無いのですが?」


 おや、どうやらこの不快感は魔法使いにとってそれなりの不快感があるらしい。


 ハリが眉間に小さくしわを寄せているのを見ながら、エミルは微笑みのなかで遠くを見るような目線を作っている。


「身内が、家族が褒められるのは悪い気分はしないからな。

 今日帰ったらメシ食いながらあの人にお前の感想を伝えておくよ」


「やめてくださいよ……恥ずかしい」


 そういった場合にはもっと適切で丁寧な感想文を作らなくてはならないと、ハリは無駄に丁寧に悩みごとを新しく作っているようだった。


「さて、と」エミルが微笑みを水彩絵の具のように意図的に薄めている。


「コホリコ・マヤさん、お帰りならば提案が一つございます」


 「仕事」をする事を意識した口調。

 丁寧さで相手を威嚇する口ぶりにマヤが敏感に緊張感を察知していた。


「なにかなー?」


 古城に属する魔術師。しかも城主(しろぬし)の親類縁者である。

 マヤも妖精族特有のゆったりとした気配を抑え込み、しばしの緊張感に心身を硬直させている。


 ミニマムに片付けなくてはならない緊迫感の末尾、エミルは業務的な笑みを口もとに演出している。


「よろしければ我が古城……灰笛(はいふえ)魔術師同業者組合(ギルド)が開発した新作の転移魔術式を無料で支給させていただきたいのですが」


「新作?」俺は小さく呟いている。


 聞き間違いが無ければこの古城の名称の一つと、そして古城の彼らが有している技術力の一つを見ることが出来るチャンスが与えられた事になる。


「マジでー? やるやるぅー」


 マヤは特に警戒心を抱く様子もないままに、あっさりと魔術師からの提案を許諾していた。


 需要を受け取った魔術師は微笑みをそのままに、また右の腕を少し前に突き出している。

 彼の右腕の代わりを担っている義手はいまは変形をしない。

 その代わりに指先にかすかな青色の光をチラチラと明滅させた。


 ひゅう。空気が少し流れる気配の後、透明なゆらめきがまたたく間に一枚の扉ほどの実体を確立させていた。


「あ」


 俺は気づく。


「さっき……俺たちが使ったやつだ」


 初見ではないことに少しばかりがっかりしつつ、しかし場面に流されてしっかりと観察することが出来なかった魔術式の再来にこころが希望を抱いている。


「うわあ、見た目地味!」


 マヤは客観的な意見を述べつつ、特にためらいも見せないままに扉の表面に触れていた。


 ビター風味の板チョコレートのような表面の扉。

 たった一枚だけ自動的に直立している姿はシュールレアリスム作品のような奇妙さを期待しそうになる。


「あれって、某猫型ロボットが出てくるマンガの、「これが欲しいよ秘密道具ランキング」毎年一位のピンク扉みたいですよね」


 しかし俺の期待は魔法使い先生の悲しいまでに具体的なイメージ図に否定されてしまっていた。


「……確かに似ているかもな」


 それはそれとして幻想的な雰囲気があるかもしれない。

 次に期待を作ろうとする。


「テテーン♪」


 だがファンタジックへの期待も早く似潰されている。 

 古城に規定された魔術式の起動音が魔力の運用の気配を自動的に通告していた。

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