灰笛続き 12月1日 2つ 1330 選択において重要な役割はすでに分かっている
「ありがとうございました」
まずもって相手に礼を伝えなくてはならない。
礼儀正しさや礼節を意識した高レベルのコミュニケーション能力……。
……などという高尚かつ高レベルで三ツ星高品質な技術は残念ながら持ち合わせていない。
であればなにが俺の原動力になっているのか。
考えるまでもなく、答えはすでに知っている。
恐怖心がただ一つ、相手からの攻撃を一身に恐れまくる状態。
体の中心は渦潮にグルグルと掻き乱されている。中心がうごめいているが、しかし指先や爪先のそれぞれ氷のようにキンキンに冷えてしまっている。
相手を恐ろしいと思っている。だが同時に相手、マヤに自分自身の恐怖心を悟られたくないというなけなしのプライドがあるのが実に厄介であった。
せめてどちらかの心理に完璧に計りを傾けられればと、俺はこころのなかで小さく願ってしまう。
「まあまあ、そんなにかしこまらないでよ~」
願い事が叶わない絶望感はビー玉のように小さい。
冷たい丸さを舌の上でコロコロと無味無臭に転がす、俺の耳にマヤの励ましの声が流れ込んできていた。
「実際のところ、オレとしてもこの状況は意外だったというかなんというか。まあ、願ったり叶ったりってカンジだからさ」
どうやら妖精族の若い男はそれなりの満足感を得ているらしい。
うらやましい限りである、詳細ついては分からないが。
「古城の主さんに呼び出しを食らった時は何かと思ったらただの結界が……あれで。クッソつまんねえシゴトの上に専門外でサパランだったのが、帰り道でまさかいいカモに出会えるとは。
いやはや、人生って何が起きるか分からなくて面白いってカンジー」
なにやら色々と語っている。
「……そっか、良かったな」
サクッと片付けようとした。
「いやいやいや?!」
しかし俺の反応にハリが疑問を抱いていた。
「「そっか」ではなく! 看過できない都合が山ほどでしたよ??!」
「そうかあ?」
ハリの反応について対応したい気持ちは山々ではある。
しかし正直なところ、この話題に魔法使い先生ほどの関心を持てないのもまた抗いがたい事実でしかなかった。
「しれっと実験台にされているこの状況、なんたる不遜!」
ハリは状況を許し難い元認識しているらしかった。
確かに結果的には宝石店の店員にとって、彼ばかりが優位に立てる情報の集合にはなったのだろう。
「実例どころか、まさかちょうどよく実践、実戦行為のデータまで目の前でサンプリングしてもらえるなんてさ、楽って言ったら超楽々のイージーモードだよ」
商品を客に提供する際のあれやこれや、検証実証安全性、その他諸々の確かめなくてはならない色々がすっ飛ばされている。
提供者側としてはこれ以上ない楽チンさなのだろう。
専門家でもなんでもない俺でもなんとなく、すぐに想像することが出来る。
その分、マヤ本人の意識がもつそれらは比べるまでもない質量があるに違いない。
……まあ、これもただの想像にすぎないが。
「ところで大丈夫ぅ~? ルーフクーン」
他人のこころについて考えている俺に向けて、マヤはまるで相手の心情など思い量らないマヤの高めの声が伸びてきていた。
「大丈夫って、なにが大丈夫なんだ?」
必要以上に慮るのもまた時と場合、場所や場面によってはただのクソつまらない悪手でしかないのだろう。
不安に次いで次々と不安が生まれて安心を殺していく。
温かな血液が透明な心臓にハリを指す、小さな穴からタラリタラリと新鮮な血液が流れて落ちる。
冷たくなる平安の上、マヤは俺の方にそこそこに無遠慮に近付いてきていた。
「ほら、安全治験検証もせずにいきなりの運用とか、流行りのソシャゲでも昨今そんな愚行には及ばないじゃん?」
「なるほどな。ということは、いまの俺は延期に延期を重ね膜った挙句に結局ロクにデバッグもせずに販売までこぎつけちまったクソゲー一歩手前の限りなくアウトに近い不良品モドキ。
……ってことか、そういう感じか?」
「そーそーそー、そういうカンジー」
マヤは歌うように同意をしながら姿勢を屈める。
ひざまずくような姿勢。だがこの妖精族の若い男が俺なんかのことを敬うはずもなかった。
「ふむふむ?」
マヤは指先で俺の右足、その代わりを担ってくれている義足に触れている。
たっぷりの魔力鉱物を使用した表面は黒曜石のように暗い。
硬質な表面のあれやこれや、主に関節の部分にことさら注目しながらマヤは簡単な点検を行っている。
「ふむ、とりあえずのところ運用、については大丈夫そうだね」
マヤはあくまでも自分の専門内における出来事だけに確証を立てていた。
「……使用者の機能については……まあ、イロイロとあれ? これ? これらも大丈夫?」
ちょっとだけ考える素振りを作る。
悩んでいるのだろうか?
「……うん、まあ、大丈夫か!」
お悩みはすぐに解決したらしかった。
「それじゃあオレ帰る!」
パッと身を起こしてマヤはサクッと帰路につこうとしていた。
「いやあ、今回もいい仕事をした、しまくっちゃったってカンジー」




