灰笛続き 11月30日 3つ 1328 回復アイテムにすらなれないなら開腹してしまおう
青玉の輝きを持つ魔法陣が怪獣の薄暗い肉体を包み込んでいる。
「よーし、よしよし……いい子だ」
エミルは右腕を真っ直ぐ怪獣の死にかけの肉に向けたままで、ジリジリと後ずさりをするようにしている。
「よい子よい子……眠れやねんねこ」
あれももしかして呪文の一部分なのだろうか?
もしそうだとしたらかなり優しめマシマシ、むしろ可愛らしささえ見えてきそうだ。
「あー……いえ、あれはただの無駄な牽制ですよ」
ハリがあっさりと専門家チックな分析を行っている。
なにはともあれ、魔術式は怪獣の血肉をすっぽりと覆い尽くしている。
中身を2B鉛筆でギチギチの密にしながら無理矢理ジッパーを閉じたような圧迫感。
「よし、固定完了っと」
エミルが一息つこうとした。
しかしそのところでハリが魔術師の彼に大事な用事を叫びかけている。
「エミルさん……! 心臓を忘れていますよ」
ハリは俺の体を抱えるように支えたままで、そろりそろりとエミルの方に近寄っている。
俺もとりたてて逆らう気力も理由も体力もなく、ただハリに導かれるままに怪獣と魔術師の近くに寄ってきている。
「おっといけねえ、忘れるところだった」
心臓を忘れるとは、治療行為をほどこされている当人としてはあまりにも心許ない台詞である。
「そうか……これが怪獣の治療なのか……」
俺は自分自身を納得させようとしている。
そうしたくなる、そうせざるを得ないのは魔法陣がもはや文様としてではなく、ある種の拘束具としての形質を主張している。
し過ぎている、過度であるからであった。
「いいえ? あれは治療ではないですよ」
しかし俺の予想をハリがあっさりと否定してきていた。
「違うのか?」
うっかり小首をコクリとかしげそうになるのを静かに密に、ぐっと我慢する必要があった。
少し力んでいる俺の体を支えつつ、ハリは魔術師の行動についてのあれやこれやを説明している。
「増えすぎた魔力を回収している、余分な肉を削り取っているのですよ。
いわゆる加工ってやつなのです」
言っている意味を完全に理解できたかどうか、答えは限りなくノーに等しい。
しかしてどうだろう、魔法使いの表現はどうにも、どうしようもなく目の前の事象に上手く当てはまってしまう。
怪獣だったものはいまはもう一台のバイク、空を飛べるか飛べないかについての議論は別として自動式の二輪車が仕舞い込める程度の広さに変化している。
比較対象が運送トラック並みのサイズ感からなので、それだけでもうかなり縮小されてしまったかのような感覚になる。
「大体あのくらいになれば、もう人間の型を作ることが出来ましょう」
ハリは「人間」の部分の発音にことさら気を付ける様子にて、魔法陣の内部に変わりゆく肉の形状を想像していた。
「一回魔法陣でドロドロに溶かして、魔術式に記載されてある情報を頼りに肉体を製造し直すのです」
俺の頭の中に緑色の蛹の姿が芽吹いていた。
完全変態動物といったか。幼い肉体、芋虫の体を捨てて次の段階、生殖行為が可能になる形へと変態する。
そういった生態ならば知っている。
故郷に暮らしていた際に祖父がよく蛹を持ち帰り、飽きもせず眠りもせずに観察しまくったものだった。
「あの魔法陣のなかで、怪獣の肉がドロドロにとけるのか……」
想像をしようとしたがどうにも上手く出来ない。
曲がりなりにも人体の一部なのである、それが融解する場面と言うものは間違いなくグロテスクな趣味に満ちあふれているはず。
なのにどうしてなのだろう、俺は現状の光景にどこか安らぎのようなものを覚えている。
唐突に何の脈絡も文脈もなくグロ趣味に目覚めたのだろうか? 少し期待する。
だがすぐに期待は外れていた、今回は自発的に外していた。
「もしかして……俺が人間の形を取り戻す時も、あんな感じの施術をしたのか?」
記憶を辿ろうとする、その時点で不安はすでに一定の基準を超える。
確かな質量を以て精神と正気の貴重な容量を消費していた。
「いえいえ、ルーフ君はしっかりニンゲンの形を保っていたではありませんか」
ハリは今度はニンゲンである様子を気軽そうに話している。
「今回はボクが調子に乗って心臓を喰いちぎってしまいましたから、どうせならリセットして全部データを作り直すことになったのですよ。
その方が心臓もきれいにくっつけることが出来ますからね!」
「そんな……人体をコンピューターの配線みたいにいうかね……」
医療技術とはなんたるや、ここまで来ると倫理観の問題になってきそうな気配さえある。
なにはともあれ魔法陣が人体の再構築を行っている、実行は決まりきってしまえばもうあとは流れ作業のようなものだった。
音が聞こえてくる。
「テテーン♪」
メロディー。
「うわ?」
ひどく場違いに明るい音程に俺は驚いている。
しかし音自体は俺にとってもすでに聞き覚えのあるモノでしかなかった。
それは古臭い起動音で、音色が意味するのは規定に適応できる魔術式の存在が稼働したことの証明であった。
音の後に魔法陣が色味を少し失ったような気がした。
錯覚だったかもしれない。




