灰笛続き 11月30日 1つ 1326 為すがままにはなれない何かしらの涙
なるべく善処するつもりだった。この命の全てを犠牲にすれば、魔法使いの一人にそれなりの致命傷を与えることだって可能なはず。
「いやいやいや、無理じゃろうて」
俺の展望をミッタが頭のなかで冷やかに否定していた。
「魔力の熟練具合が桁違いじゃろうて。せいぜいかすり傷を負わせるぐらいが関の山じゃろう」
マジかよ。そんなに?
「当り前じゃ、この痴れもの様が」
今のところ俺にはミッタの声しか聞こえないが、おそらく彼女は俺の無意識の海の表面で「やれやれ」と首を横に静かに振っているのだろう。
「主さまはまだまだ魔力、魔法や魔術を世界において使用することの苦心具合を知らないと見える」
すまないな。なにせ魔法使いになったのがつい最近なもので。
「おや? 古城に関連する「仕事」に携わるということならば、魔法使いと言う呼び名よりも魔術師の方が相応しいのでは?」
そうなのか?
じゃあ俺は魔術師なのか。
「ううむ……しかし魔術師と言うにはあまりにも専門的知識に欠けておるわ。
おぬしのようなチンケな知識しか有しておらんモノが、果たして魔術師を名乗っても良いものか……?」
ミッタはわざとらしい老人の口調を演出させながら、俺の希望をゆっくりと幼児に優しく言い聞かせるように否定している。
「いずれにせよ、おぬしが何者であろうとも、ハリ殿を殺すことは現状においてほぼほぼ不可能なのじゃよ」
そんなにも駄目なのだろうか?
「そうじゃ。瓢箪から三冠馬が出てくる並みの異常事態じゃの」
妙に具体的なことわざ、どうも。
「あの、楽しそうにお話しているところ悪いのですけれど、ボクを殺害するかしないかの計画で話題に花を咲かせないでいただけないでしょうか?」
俺とミッタが話し込んでいるところへ、ハリが至極まっとうな否定文を割り入れてきていた。
「おお、すまんすまん」
魔法使い先生の気分を害したことを自覚した、ミッタが誠意としてその姿を俺の無意識から現実の空間へと発現させようとした。
しかし彼女の用意をハリが先んじて抑制している。
「あ、いえ……そのままで結構ですよ」
「おや、そうか?」
表層に現れようとした彼女の姿を見ないままで、ハリは彼女の言葉の続きを催促する。
「さて……エミルさんの右腕の魔術式に既視感があることについて、ですが……」
違和感について、それなりに明確に言語化された。
実際に言葉にしてみると、なんとも仕様もない内容に思われて仕方がない。
「しっかりするのじゃ、あるじ様よ。大事な大事な、尊敬すべき漫画家? の持つ大事な呪いの形なのじゃよ?」
ミッタの助言からなかば自動的、柔らかな強制力を持って俺の意識に答えを導き出させてきていた。
「ああそうか……エミルの魔術式がハテナ先生のもつ呪いの火傷痕によく似ているんだ」
解答を獲得した。
確信的な意識の方向性が肉体に本来与えらえていたはずの限界を限定的に超えようとする。
「ちょっと失礼」
俺は誰の助けも求めずに、ほぼ自分だけの力で自立しつつハリの左手をガバッとおおいかぶさるように掴み取っている。
「んる?!」
俺の唐突行動。
……と言うよりかはむしろ俺がそれなりに自由字際に動いていることの方が、ハリにとっては信じ難い現実であるらしい。
俺自身も意外に思ってはいる。
まだ義足を装着してロクに時間も経験も経ていないというのに。なのにこの肉体へのフィット感は何だろうか、きっとまだ精神が肉の体に優先されているのだろう。
まだそれだけの無理、負荷をかける余分があるという事実。
無言の証明を胸の中に、俺は急かされるようにハリの左腕を裸にひん剥いていた。
「ぬにゃあ?」
ハリの悲鳴を聞きながら服を剥ぐ。
とはいえ言葉で表される意味合いよりも実際の行動は簡単なものだった。
彼が左腕に身に着けているのはワイシャツの白い長袖だけで、あとはなにも無かった。
袖をまくる。
裸の左腕を見て、俺は自らの思考に現れた予想への確信を獲得していた。
「似ているな」
俺は最終的なチェックを別の人間の意識に求めている。
「そうじゃのう、瓜二つじゃ」
ミッタが俺に賛同してくれている。
魔法使いの左腕に刻まれた呪いの火傷痕は、魔術師が使用している魔法陣にとてもよく似ていた。
これはどういうことなのだろうか。
「なに、わしとあるじ様の関係性と相対して変わりゃせんよ」
「というと、生贄にしたってことか?」
俺は自分の右足と引き換えにミッタをこの世界に引きとめることにした。
留める選択を、エミルとハリもいつかの昔に選んだということなのだろうか?
「そんなに大したものではございませんよ」
ハリが少し恥ずかしそうにしていた。
「ただ、そうしないとエミルさんが困るから、ちょっとだけボクの魔力を貸しているだけなのです」
なにやらただならぬ事情があるらしい。
「あのままだと彼は死んでいたでしょう」
大げさではなかろうか?
そう言いたかったが、しかしそう言いきれない自分自身の恐怖心、漠然とした不安が唇と下のささいな動きを凝らせてしまっていた。




