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灰笛続き 11月29日 4つ 1325 たくさん棄てられたデータで切り絵でも作ろうか

 魔術師からの反応はなかった。どうやら彼はなにかしらの作業に集中したがっているようだった。

 

「エミルさーん?」


 しかし魔法使いの方もそう易々と諦めようとはしなかった。

 むしろ恐ろしき人喰い怪物と戦う時、命の削りあいを行っている時の方こそこころの平安を保てている気配さえある。


「あの……もしもし?」


「ハリ、ちょっと、うるせえんだけど」


 魔法使いからの呼びかけをエミルはひと声で否定していた。


「今ちょっとむつかしい魔術式を使わなくちゃいけねえんで、そうなんで、話しかけないでくれよ」


 エミルは自分の都合だけを優先させていた。

 それもそのはずで、魔術師は自分の所属する組織に関係する肉の塊の処理に取りかかっているのであった。


「さーて、蘇生魔術式を使わなくちゃならない」


 魔術師が魔術を使おうとしている。

 祖父のような正規の手続きを行っていない闇魔術師とは違う、公的で比較的明るめな組織に属する魔術師の手によって作られる魔術。


「…………」


 気になる、とても気になって仕方がない。


「前に進みたい」


 俺が願望をハリに伝えている。

 願いごとを聞いた、ハリが頭部に生えている黒猫のような聴覚器官をペタリと平たくしている。


「ですがルーフ君、病み上がりにあまり無理をなされてはいけませんよ?」


「病み上がりって……大げさな」


 感覚的には寝て起きて、すこし呼吸をした程度。

 なにも問題はないように思われる、だって起きただけなのだから。


「いやいや、そういうワケではございませんのよ」


 だったらどういう訳なのだろうか。

 問いかけるよりも先に行動を起こしていたのはエミルの姿だった。


「魔術式を展開……っと」


 形式的なかけ声を使おうとしている。

 のは、エミル本人が決して熟練した技術を獲得した魔術師ではないということの証明でしかなかった。


 右側の腕を前にかざしている。

 腕の一本、それはエミルの肉体にとっては本物の腕という訳では無かった。

 

 肉や骨、皮膚や血液は本物ではない。偽物の腕、つまりは義手ということになる。

 ルーフがすでに知っている事実をさらに証明するかのように、エミルの右腕に魔力の反応が印象深く目立ち始めていた。


 そこそこに質の良さそうなビジネススーツの長袖。

 暗色の清潔そうな布を看過するのはこの世界のニンゲンの人智を超えた光の気配。


 青玉(サファイア)のように鮮烈な青色を持つ。 

 光の筋は青空を包丁で細切りにして幾何学的な模様と基準に従って貼り付けたかのようだった。


 青空なんてあり得るはずが無かった。

 

 故郷の村で祖父と妹と暮らしていた頃、家族のあたたかみ、その重要さに気付くことも出来なかったぬるま湯の中。

 当たり前のように頭の上、頭蓋骨をあたためていた青空。


 それがどんなにめずらしいものか、この世界にとって貴重なものであるのか。

 それを知ったのはこの灰笛(はいふえ)に訪れたからで、現実はすでにルーフのなかでただの情報として処理されつつある。


「ヤバいな……これじゃあ足りないか?」


 エミルが何やらブツブツと考えごとを巡らせている。


 何をしているのだろうか。

 気になって視線を魔術師の彼の指先に向ける。

 そこには青色が鮮やかな魔法陣を確認することが出来た。


 右の義手の模様と類似している、魔法陣は円形とではなく長方形を想起させる配置が為されていた。


 まぶたを閉じるか閉じないか、ギリギリを攻める、ものすごい薄目で見れば確固たる確証を得た数式にも見えなくはない。


 想像をしながら俺は自分がほぼ無意識の内に薄目になっている事に気付いている。


「ルーフ君? 眠いのですか?」


 ほぼ目を閉じかけている俺のことをハリが心配してきていた。


「やはり蘇生魔術式が完全ではないのでは……?」


 もごもごと心配事を呟いている。

 しかし魔法使いの杞憂は俺の意識に現状深い意味を為せないでいた。


「あの魔術式……どこかで見たことがあるな……?」


「それもそうじゃろう!」


 唐突に会話に参入してきたのはミッタの声だった。


「うわッ?!」


 脳内にちょくせつ幼女の声が聞こえてくる状況について、まだまだ慣れるのに時間がかかりそうである。


「おや、ミッタさんではありませんか」


 幼女の意識、こころの所有者である俺よりも先に返事をしているのはハリの声音であった。


「先生?!」


 信じ難いものに出会ってしまった感覚のなかで、俺はハリを問いただそうとしている。


「ミッタの……彼女の声が聞こえるのか?」


「ええ、うっすらと」


 まさか精神世界に介入する魔法か魔術か、あるいは科学的技術のいずれかを使用しているのだろうか?

 もしそうだとしたら……どうしよう? これは世界の安寧を揺るがさんばかりの力になってしまう。


「なんてこった……俺は大事な大事なハリ先生を殺さなくてはならないのか」


「いきなり何をおっしゃるんです?!」


 俺からの殺害予告をハリがびっくり仰天とした様子で聞いていた。


「許してくれ先生……これは世界のためなんだ……」


 なんだか色々と考えを巡らせていると、段々と自己の中の選択肢が狭まってくる感覚があった。

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