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灰笛続き 11月29日 3つ 1324 取り戻したのはしようもないつまらなさ

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」


「うわああッ?!」


 俺は最初、黒色の体毛に包まれた猫の姿をした魔法使いの身に異常事態が起きたものだと、そう身構えそうになった。

 だって、そうだろう? いきなり全身の毛を膨らませて奇声を発しまくっているという。


「ええええええええお」


 この異常事態。果たしてどのようなリアクションをすべきなのか、答えはいまの俺には到底導き出せそうになかった。


「けっけっけっけっけ」


 黒猫の怪獣は全身の毛を膨らませ、体積を二割増しにしたままで地面に顔を降ろしている。

 パックリと開かれた口の中、ショッキングピンクの肉壁は血流の集約を表していた。


「おげろろろろろぉ」

 

 ハリは口の中から「何か」を嘔吐していた。


「ひいい……?!」


 俺は悲鳴をあげそうになって、出かけた悲鳴を喉の終わり、咥内が始まるであろう粘膜のあたりで押し留めている。


「なんだ……?」


 魔法使いが吐き出したモノ。


「リンゴ……?」


 そう勘違いしそうになったのは、黒猫の姿をした魔法使いの口から排出されたものがとても強い赤色を発しているからであった。


「ぜえぜえ……ぜえぜえ……。……惜しいですね」


 俺の予想を否定しているのはハリの声だった。


「ぜえぜえ……。これはまだ加工前の、まだ肉の形と湿り気を持ったまま……げほっ! ごほっ!」


「あ、いや……もうちょっと落ち着いてから話したらどうだ?」


 息も絶え絶えである。

 情報を正しく伝達するよりも先に体調の方を気遣うべきである。

 と、そう心配することが出来る程度にはすでに冷静さを取り戻していて、そしてハリの口の中から出てきた物体の正体もある程度判別することが出来ていた。


「なんで、先生の口から心臓が出てくるんだよ」


 そう、魔法使いの体内から排出されたのは一個の心臓であった。

 ちょうど人間約一名を活動させるのに丁度良さそうな循環器官のひとつ。


 肉の塊は黒猫の怪獣の姿のハリから吐き出され、そして彼の足元あたりにボタリと静かに落下している。

 ただそれだけであった。


「ようし、ちゃんと吐き出したな」


 物品が魔法使いの手から離れたことを確認した、エミルは一つの段階が解決したことを確認している。


「回収させてもらう」


 エミルは右の腕を前にかざす。

 右手の代わりを担っている義手の、肩の付け根から指先に至るまでに組み込まれた魔術式が、吐き出された心臓に浮遊を付与している。


 完全に心臓が手元から離れた。

 その瞬間、魔法使いの体がほろほろと崩れていった。


「んるるるる……」


 脱力感にハリは思わず喉の奥を鳴らしている。

 この声が出ているということはつまり、怪獣の体を手放すことは決して不快感を伴う事象ではないということになるのか。


 確認をしたいという気持ちと、ニンゲンの姿に戻ろうとする現象の成り行きを見逃したくないという願望が同時にぶつかりあっている。


 本物の獣の換毛、冬から春にかけての季節の変化を早送りにしたかのような勢いの良さ。

 

 黒色の毛玉だった姿は、怪獣よりも小さくてちんけでしょうもない、つまらないがゆえに普遍的な「普通の人間」を模した姿へと変身していた。


「はっふぃー……疲れました」


 ニンゲンの姿になったハリは健康そうに背伸びをしている。

 上は白色の清潔そうなワイシャツに、下は暗色のぶ集めな布で織られた細身の長パンツを身に着けている。


 頑丈そうなつくりの革製の長靴(ブーツ)で一歩二歩、三歩地面を踏みしめる。


「生きている心臓は、食べないようにするだけで神経をすり減らしますよ」


 いまはエミルの手の中に預けられているもの。

 心臓の持ち主について、俺は現状考えられる予想を語る。


「あれは、怪獣になった患者のものなのか?」


「ええ、そうですよ」


 ハリはあっさりと俺の回答にマルを付けていた。


「ルーフ君の決死の自爆攻撃によって、あとはもうむき出しになった器官をボクの牙で良い感じに噛み千切る。

 たったそれだけで、短時間において状況を全て解決へと導けました!」


 ワンダフル! とでも言いたげな魔法使い。

 だが俺はどうしても陰気な気分を抱かずにはいられないでいた。


「だが、もう夜だぜ?」


 俺は上を見ながら立ち上がろうとする。

 特に理由を考える訳でも無く、「右足」が地面を噛みしめていた。


 途端に鋭い痛みが俺の意識を激しく貫いた。


「…………ッ!!」


 色々と進みゆく状況に、ついうっかり自分の肉体に課せられた状態を忘れそうになってしまう。


「あわわ」


 倒れかかった俺の体をハリがとっさに支えている。

 この動き、腕を二本使って他人を助ける(すべ)はニンゲン……人間の姿を模した肉体だけが実行できる思いやりのひとつだった。


「だめですって、急に立ち上がったら。まだ義足が体に馴染んでいないのですから」


 ハリは俺の体を支えている。

 そうしていながら、魔法使いは右足の機能を取り戻したばかりのクソガキの無事を少しでも多く確保しようと思考を働かせていた。


「そうだ……エミルさん!」


 ハリは魔術師の名を呼んだ。

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